1. ザ・ピーナッツバター・ファルコン
《ネタバレ》 タイトル『ピーナッツバター・ファルコン』とは、ダウン症の青年ザックがプロレスラーになれた暁に着けたいリングネームであり、旅先で購入した食料品に由来します。ピーナッツバターは我々日本人にとっては単に「パンに塗る甘い(甘過ぎる)食べ物」ですが、欧米人にとってはもっと特別な意味(価値)を持つ気がしました。子どもの頃から慣れ親しんだ味。ハイカロリーなソウルフード。貧乏旅の道中なけなしの金で購入した唯一の食料と考えればその重要度が窺い知れます。旅を人生に喩えるならば、ピーナッツバターが指し示すのは「夢」と考えられないでしょうか。「活力の源」であり「なくてはならないもの」。ザックにとっては“プロレスラーになりたい”が旅の原動力でした。ただしこの夢はピーナッツバターのように甘い見立てだったと言わざるを得ません。目指したプロレス道場は廃業済み。うらぶれた野外リングに思い出作りに立たせてもらうのが関の山。夢みた輝かしい未来は其処にはありません。でもだから“叶わぬ夢などみるだけ無駄”なのでしょうか。いいえ。そうは思いません。ザックは勇気をもって一歩踏み出したからこそタイラーと出会い、エレノアと共に旅する機会を得たのです。 結末は3人揃ってフロリダへ。彼らは新天地でどんな生活を望むのでしょう。観光客相手に舟を出し悠々自適に生活する?じゃあ資金は?住まいは?3人で暮らせるの?タイラーの夢もまたピーナッツバター。甘過ぎます。見通しは明るくありません。ただし夢が叶う可能性はゼロではありません。1パーセントくらいはあるかもしれない。ならばGOです。「人生のチャレンジは肯定されなければならない」から。ただし「チャレンジのみが肯定される」ではありません。ライフステージごとに「出来ること」「出来ないこと」「したほうがよいこと」「しないほうがよいこと」は存在します。「チャレンジ」と同じくらい「諦める」にも価値があります。私は夢へ向かってGOと言いましたが、無理と見切ったら素早く切り替えることが肝要です。意識すべきは時間。時間とは命そのもの。一番の悪手は時間を浪費することです。タイラーは地元で金縛りでしたが(そうなった経緯や心情は理解しますが)もっと早くコミュニティを離れていたら半殺しにされる事も無かったでしょう。ザックもプロレスラーへの夢を早い段階で諦めたからこそ、新たな道が開けたとも言えます。おっとプロレスラーになる夢を諦めたかどうかは不明ですね。失礼しました。 プロレス技・通称「デッドリードライブ」(劇中では別の呼称。相手を両手で頭上に掲げ投げ捨てる荒技)はカメラアングルを用いた演出(ヤラセ)との告白がありますが、あれはザックにやらせない為の方便。実在する技です。でも素人には到底出来るはずがないのも事実。しかしザックはやってのけました。場外へ投げ捨てる非人道的アレンジではありますが(苦笑)。さてあの事象をどう捉えましょうか。 多分ファンタジーと考えるのが一般的だと思います。ピーナツバターのように甘い嘘。結末も含め集中治療室のベッドでタイラーがみた夢と解釈すれば腑に落ちます。でもそう考えて何の得があるの?とも思うのです。奇跡が起きたと素直に捉えた方がワクワクする。本作の場合それでいい気がしました。ザックにあんな大技が繰り出せるのなら、この先3人にどんな奇跡が起きようと不思議ではありませんし。繰り返しますが「チャレンジは肯定されなければならない」です。「もしもあの時ああしていたら」と振り返る人生は切ないです。それはもう本当に辛い。だから結果はどうあれ挑戦するのです。後悔をひとつでも少なくするために。全ては今際の際で笑うために。きっと私たちの手にはピーナッツバターがひとつあればいいのだと思います。 [インターネット(吹替)] 9点(2024-09-25 19:11:43)(良:1票) |
2. サンクスギビング
《ネタバレ》 聞けば『マチューテ』同様のネタ映画だそう。マジレスするのもどうかと思いますが「王道スラッシャーホラー」に対する雑感として記載します。 ご存じ『13日の金曜日』のジェイソンはホッケーマスク、『ハロウィン』のブギーマンはラバーマスク。殺人鬼は顔を隠すのがデフォルトです。理由の第一は顔バレを防ぐため。そして何より不気味だから。身も蓋もないですけど。でもちょっと考えれば分かるようにマスクは不便です。視界は遮られ、息もし難い。命のやり取りをする修羅場でマスクを着用するのは不合理です。そう彼らのマスクは“ハンデを負ってでも着用する意義がある必需品”ということ。いわば殺人鬼としてのアイデンティティ。本作では復讐の発端となった惨劇「感謝祭」を象徴するお面が選ばれました。これは分かり易い。納得できます。でも現実に祭りのお面を付けて人殺しが出来るでしょうか。答えはNO。正対しないと相手を視認できないのではお話になりません。もっともこれはジェイソンにだって言えること。しかし本作ほど違和感がないのは、彼が大男だからです。ブギーマンやレザーフェイスも然り。歴代のメジャー殺人鬼は基本「大男」でした。マスク着用のハンデがあろうとも“揺るがない戦闘力(殺人力)”を感じさせるキャラクター。その観点から本作の殺人鬼は「体格不足」でありました。ミステリーであるがゆえの弱点。本来「中肉中背」では殺人鬼としてのポテンシャルに欠けるのです(ちなみにこのタイプの殺人鬼には『スクリーム』のゴーストフェイスも該当します)。となると“揺るがない戦闘力”を体格以外で示したいところ。そう武器。武器で殺傷能力を示せばいい。本作の殺人鬼は斧以外に銃を使用しました。銃なら問答無用の殺傷能力です。でもこれはスラッシャーホラーの様式美に反する行為では。詫びも寂もありません。「あえて皮肉った」可能性もありますが、ネタ映画であるなら尚のことスラッシャーホラーの「様式美」や「流儀」に拘って欲しかったと感じます。では飛び道具以外で、かすっただけでも絶命させるような強力な武器は何でしょう。ずばり「毒手」がおススメ。マスク系中肉中背殺人鬼は全員「毒手」をご利用ください。「毒手」って何?な常識人は「柳龍光」で検索ください。ただし殺人鬼はいつも手袋をしているキャラクターにならざるを得ないので「タクシー運転手」か「手タレ」に限定されてしまいますが。 さて、本作の殺人鬼もご多分に漏れず死体が見つかりませんでした。続編及び不死身キャラのフラグが立ちました。もう犯人は特定されたので顔を隠す必要はありませんが、きっと次回もお面を付けてくるでしょう。でも前述したように様式美無視の無粋な真似は勘弁願いたい。と言う訳で続編では「毒手」採用を希望します。あるいは「骨延長手術」で2mオーバーの大男になってください。「骨延長手術」が不明の場合は「ジャック・ハンマー」で検索ください。 [インターネット(字幕)] 5点(2024-08-07 18:31:31)(笑:1票) |
3. ザ・プロジェクト 瞬・間・移・動
《ネタバレ》 ネタバレ厳禁映画です。未見の方はご注意ください。 瞬間移動実験で起きた予期せぬエラー。「どうして起きたか」の説明(光の反射理論)は実はよく分かりませんが、「何が起きたか」はすぐに理解できました。というより多くの観客が真相を予想できたのでは。それくらいこのSFジャンルでは使い古されたネタでした。主人公の実験記録を盗んでいった人物の描き方は明らかに「見せ過ぎ」であり「そりゃそうだろう」としか思えません。しかしネタに新鮮味がないから不可ではありません。見せ方、そしてテーマ次第。監督の手腕が問われる「定番」SFだったと思います。 ワープ実験により記憶障害を負った主人公。彼女が苦難の末真相に辿りつくまでが「見どころ」であります。記憶に質量はあるのか。記憶は電気信号か。では魂はどう定義される?科学とも哲学とも言えるアプローチは興味深く、前述したように理論は理解できずとも真相は十分腑に落ちました。そして彼女の立場に我が身を重ね絶望する訳です。あの解決方法しかないのは理解しますが、これを「当たり前」と捉えるなら劇中非難されていた「動物実験」と何が違うのかという話。「動物実験は殺人と同じ」という活動家のトンデモ理論が俄然正当性を帯びてきます。科学技術の進歩に犠牲が付き物だとしても、どこまでが許容範囲かということ。動物愛護活動家の主張も、科学者の態度も、どちらも私には受け入れ難い。しかし瞬間移動が本当に実用化されたならどうでしょうか。事故を理由に自動車を否定する人が居ないように、瞬間移動技術がもたらす莫大な恩恵の前には相当な犠牲が社会的に許容されるでしょう。おそらくこの価値観の変化こそがラストカットの「繭」で暗示される人間社会の「メタモルフォーゼ」。それは人が魂を捨て去る世界と言えるかもしれません。 念のため最後に1点確認を。主人公と母親の通話シーン。まるで引っ越し前後のような何もない白い部屋に母親がひとり。違和感と共に得も言われぬ恐怖を感じさせました。これは「背景が無い=主人公の記憶が無い」という意味で捉えてよろしいのですよね。もしそうでないなら、パラレルワールドとかマルチバースの可能性も考えなくてはいけないので。もうちょっと深掘りして解釈を試みたい気もしますが・・・。もし本作が面白いと感じられたなら『プライマー』(2004)の鑑賞をお勧めします。ただし考察に要する時間は本作の比ではない超難解映画ですので時間に余裕のある時にご鑑賞くださいませ。 [インターネット(吹替)] 7点(2024-07-23 20:54:52) |
4. 三茶のポルターガイスト
《ネタバレ》 CGやらせ一切無し。ガチのドキュメンタリーだそう。つまり本作に収録されているポルターガイスト現象ほか所謂「霊障」は全て実際に起きた出来事とアナウンスされています。はてさて困りました。本当に信じてよいのでしょうか。私の感覚は以下のとおり。 ①騙すつもりの完全フェイク。確率10%。川口浩探検隊やミスターマリックの超魔術が堂々と放送されていた昭和ならいざ知らず、コンプライアンス至上主義の令和にフェイクをホンモノと偽るのはリスクが高そう。洒落が通じる時代は終ったと感じます。注:例示の番組で大人は騙されていないでしょうが、子どもは普通に騙されていました(私だけ?!) ②片八百長。確率30%。出演者(あるいは制作陣も含め)真実を知らされていないが、実はトリックありのパターン。 ③まじでホンモノ。確率30%。浪漫、期待値も込めてやや高めの設定。でも信じるに値するものが無いのが辛い。本作の現象をトリック(CGやマジックなど)で再現するのは容易いですから。 ④騙すつもりのない完全フェイク。またの名を街裏ぴんく方式。確率30%。ぴんく氏が漫談冒頭で放つ「女芸人としてやらせてもらってます」と、はっきり映る白い「人間の手」は同義なのでは。この場合ぴんく氏が「うそうそ本当は男芸人ですよ」と言わないのと同じ理屈で劇中タネ明かしはありません。さじ加減を間違えたモキュメンタリーとも言えます。 結局のところ何を、いや「誰を」信じるかに尽きるかと。骨董の目利きに同じ。素人は専門家の意見を聴き、信用に値するか判断するのみ。そういう意味では「心霊現象の目利き」が不在だったのが残念でした。本作に関わっているのはオカルト畑の人たちばかり。公正な目を持っているとは言い難い。この人たちにとっては通常のビジネス案件ですから。流石に胡散臭いと感じるのが一般的な感覚では。なお一部専門家(マジシャン、内装業など)の意見聴取がありましたが、彼らがお金で転ばぬ人である確証はありませんし、何なら本物の専門家かどうかさえ疑わしい(ごめんね)。反オカルト派による科学的検証が必須と考えます。それでもなお「ホンモノ」と主張されるのであれば、それはもう映画で小金を儲けている場合ではなく、ちゃんと学問として研究しましょうという話。幽霊なのか、妖怪なのか、はたまた異次元の人間なのか。これまでの常識が覆ったら興奮しますよね。もうすぐ続編が公開されるそうですし、科学的検証もなされる模様。両者リングアウトのような有耶無耶な形でお茶を濁すことなく、完全決着を期待いたします。なお上記④の場合は種明かしをお願いします。 ちなみに全く怖くありませんので、ホラーが苦手な方でも大丈夫だと思います(無責任発言失礼)。 [インターネット(邦画)] 5点(2024-05-28 20:05:10)(良:1票) |
5. ザ・プレデター
《ネタバレ》 男女混合のパーティ編成やオマージュ溢れる台詞まわし、耳慣れたBGM、そしてプレーンなタイトル。シリーズを踏襲した脚本で特に第一作目を強く意識していると思しき本作ですが、オリジナル『プレデター』の魅力が感じられたかと問われれば答えはノーです。よくあるアメリカ製"大味"SFアクションでした。もっとも本作に限らず続編に『プレデター』の優れたホラー要素やサスペンス性を求めるのも酷な話。すでに手品のタネは明かされています。その上でなおプレデターという素材を活かそうとするなら『AVP』や『プレデターズ』あるいは本作のように上位互換種を登場させるアプローチになるのは理屈としては理解できます。ただやはり無理矢理感は否めません。個人的にはそこまでシリーズ化に固執するのは如何なものかと。「第一作目は面白かったよね。でも続編向きの題材ではないから大事に触らないでおこうよ」とはならないのですよね。「旨味があるうちは骨までしゃぶる。いや骨のかたちがあるまでは」な映画業界の体質は洋の東西を問わないようで。でも「シリーズの向こう側」に到達した『ゴジラ』のような特異な成功例もあるので一概に続編を否定するのも違うのかもしれません。個人的にはプレデター◯ラーを(一応ネタバレ配慮で)をアベンジャーズなりジャスティスリーグに入れてはどうかと思います。味方にしたらこれほど頼もしいキャラクターも居ないですし。 [インターネット(吹替)] 5点(2024-05-19 22:36:44) |
6. 最強殺し屋伝説国岡 完全版
《ネタバレ》 これまた『ベイビーわるきゅーれ』ファン必見!と言いたいところですが、あまり関係ないかも。本作の主人公、最強の殺し屋こと国岡が『ベイビーわるきゅーれ』で瞬殺された殺し屋と同一人物という確証もないですし。 それにしても阪元裕吾監督作品を観ていくと、伊能昌幸さんが如何に重用されているかよく分かります。勿論それも納得。格闘アクションのキレは絶品です。さらに凄いのは喧嘩の強さが全身から滲み出ているところ。顔つきと身体がもう狩猟民族のそれ。グラップラー刃牙が実写化されたらキャスティングされること間違いなしでしょう。そんな阪元監督にとって重要な手駒である伊能さんを『ベイビーわるきゅーれ』では端役で使っているのが何とも贅沢な話であります。 ちなみに本作はモキュメンタリー。作品ジャンルは、クライムでもなければサスペンスでもなく「コメディ」となりますのでお気をつけください。クライマックスの格闘シーンも北斗百裂拳のパロディと捉えて問題ないでしょう。 [インターネット(邦画)] 7点(2024-05-08 00:15:36) |
7. サイコ・ゴアマン
《ネタバレ》 80年代少年漫画でありそうなベタなファンタジー設定と、CG全盛の今となっては懐かしい「特撮」の相性や良し。50代の私にとっては、ある意味ノスタルジーに浸れる作品でありました。宇宙人(もはや怪人)のデザインは『真・女神転生』や『ベルセルク』あるいは日本特撮系アクションヒーロー悪者の系譜。コメディパートはシュールかつクレイジーで遣りたい放題。人物造形も気持ちがいい。特にミミちゃんとお父さん。好きな人には「たまらない」のは間違いなく、かくいう私にとっても「あざとい」と感じるくらいドストライクなB級映画でありました。ただし一般的には「なんじゃこりゃ」であろうことも想像に難くありませんが。 オチについて一考。宇宙を滅亡させるほどの力を持った(ホントかな?)サイコ・ゴアマンを世に放った点をどう評価しましょうか。これは「罠にかかった熊を可哀そうだから森へ逃がしてあげました」と同類なのか、あるいは「人知及ばぬ自然災害は諦めるしかない」なのか。おそらくどちらの要素もあるでしょうが、一切丸く収める気のない無責任な結末に痺れました。化け物に変えられてしまった少年の顛末についてもそう。せめてサイコ・ゴアマンに元に戻してもらうお願いくらいすればよいものを、ミミちゃんにそんな素振り全くなし。ヒトデナシが過ぎます。きっと「腹水盆に返らず」「悔いても仕方がない」「それなら前を向きましょうよ」なのでしょう。所詮他人事だからとも言えますが(ホントに酷い!)ブラックコメディとして正しい姿勢ですし、見方を変えれば「達観している」とも言えます。下品ではありますが、なかなかにハイブローでは。「好きな人にとっては」という注釈が付くものの見事な出来栄えだと思いました。 [インターネット(字幕)] 8点(2024-01-19 19:47:19) |
8. さかなのこ
《ネタバレ》 世に数多存在するサクセスストーリーは「目標を掲げ」「弛まず努力し」「挫けず諦めず」「成功を勝ち取る」が基本です。その点本作は全く当てはまりません。好きな事を続けていたら人気者になれた話。メッセージは極めてシンプルで「好きなことをしよう」です。これは「自分らしく生きることのススメ」でもありました。『そんな綺麗事言ったって結局は成功者の自慢話じゃん』にならないのが素晴らしい。そのためにわざわざ本人(原作者)を登場させ「さかなクンが世に出なかった場合」もフォローしています。彼は不幸せに見えますか?人生の勝ち負けとは「お金」でもなければ「社会的地位」でもありません。楽しく生きた者勝ち。そこに出自や性別、健常性といった属性は関係ないのでしょう。とはいえ「お金は無くていい」「社会に認められなくていい」「好きなことだけすればいい」ではありません。ミー坊はきちんと報酬を受け取っていますし、魚の絵が評価されたのもTVで人気が出たのも社会のニーズと合致したから。よく伊集院光氏が師匠・三遊亭円楽の言葉として『好きなことに社会性を持たせろ。そうしたら食っていける』を紹介しますが、まさに本事例のこと。ただ残念なことに皆が実践できる生き方ではありません。「運」の要素は少なからずあります。実際ミー坊はついていました。彼の成功は「子の好きを肯定し続けた母親」と「よき理解者の助力」があったればこそ。とくに母親については(嫌な言葉ですが)「親ガチャ」と呼ぶくらい完全に運任せです。「あの母親にしてミー坊あり」なのは間違いありません。たぶん我が子の生まれ持った性質上「出来ないことを出来るようにする」は多大な苦しみが伴い幸せを遠ざけてしまう。それなら「好きなこと、やりたいことを全力で応援する」へ教育方針の舵を振り切ろう。そう決断したのだと思います。これは生半可な覚悟ではありません。「普通」を捨てることだから。もしかしたら離婚原因の一端では。そうだとしたら夫とお兄ちゃんは大変お気の毒ですが「腹を括る」とはこういうこと。母親はミー坊の幸せだけを願ったのです。その強い思いこそ「愛」であり、尊くもありますが恐ろしくもあります。 実は本編冒頭の「男か女かはどっちでもいい」でズッコケました。あぁ~しらきかと。そんな事は物語を通じて伝えればよい話で、わざわざ最初に断るなんて野暮もいいところ。あまり期待できないと感じました。ところがどっこい。もうずっと可笑しくて。本当に全部楽しかったです。それでいて寂しくなったり、辛くなったり、嬉しくなったり、グッときたり。大いに揺さぶられました。脚本が良いのは勿論ですが、それ以上にキャスティングが神懸っておりました。何といっても主演ののんさんが素晴らしい。ミー坊役がフィットする男性俳優さんなら沢山思いつきますし、雰囲気重視なら「もう中学生」もイケそう。それなのに、あえて役と性別が異なる女性俳優を選ぶとは。『福福荘の福ちゃん』じゃあるまいし。ある意味博打だった気がしますが、ジャンボ宝くじ1等級の大当たりじゃないですか。あえて「男か女かは~」と宣言した監督の気持ちも理解できるというもの。もう「のんミー坊」にゾッコンでした。自分のナイフは魚臭くなるから嫌だとか、ししゃもの種類で店員に酔って絡むとか、ミー坊が映る全シーン全カットに釘付けでした。破格の愛らしさとでも申しましょうか、人間性の「旨味」に溢れていたと思います。のんさん(能年玲奈も含む)主演作品は『海月姫』と『この世界の片隅で』を鑑賞済みでしたが、これほど魅力的な役者さんとは気づきませんでした。面目ない。替えが効かないオンリーワンな俳優さんだと思います。脇を固める皆さんも最高でした。友情厚い狂犬、実は気のいい総長、シャツの網目が広すぎるカミソリ籾、トホホなバタフライナイファー(そんな言葉はない)、胡散臭い成金?歯医者、憂い多きモモコさんに顔が優勝娘ちゃん、もちろん強くて優しいお母さんも。例外は先生(ドランクドラゴン鈴木)くらいかな。うそうそ冗談です。もう全員大好きです。やはりコメディはキャラクターが命。これだけ素敵な人を揃えられたら文句の一つも出てきません。奇を衒ったようにも見えますが、王道の人間賛歌であり愛の映画でありました。年明け早々こんなに長文になってしまい申し訳ありません。いつもはこの半分くらいを目安に感想を纏めるよう心掛けていますが今回ばかりは無理でした。それだけ「語りたくなる映画」という事でお許しください。本編も2時間20分もあることですし。 [インターネット(邦画)] 10点(2024-01-01 00:00:00)(良:1票) |
9. 貞子DX
《ネタバレ》 そもそも「DX」といえば、デラックスと読むのが当たり前。社会認知が浸透している略称「DX」に、後発なのに我が物顔で「デジタルトランスフォーメーション」が今や常識ですって言われても、おじさん的には拒否反応を示してしまう訳です。遠慮しろ。せめて「DT」にしろやと毒づきたくなるのが本心ですが、残念ながらこれが世の趨勢。長いものとタオルケットには巻かれる主義の私は、ただ黙って受け入れるだけでございます。失礼。前置きというより愚痴が長くなりました。そう本タイトルのDXとはダウンタウンの冠バラエティじゃない方の用法です。最新型にデジタルアップデートされた「貞子の呪い」。コロナ禍ともリンクさせた何処までも今風なシリーズホラーでありました。いや、もはやホラーでもありません。マジで微塵も怖くないですもの。ホラー風味の本質コメディなんだろうなという仕立て。シリーズ番外編と考えればこういうアプローチもありかもしれませんが、ブランドイメージを損ねたのは間違いなく、悪ふざけみたいなのはあまり感心しません(どの口がいう)。でもアルプスの少女も家庭教師のCMに出る時代ですし、売れりゃ何でもアリなんでしょうな。でも売れたんですか? 「貞子の呪い」のメカニズムを科学的に考察する部分に焦点をあてた製作方針自体は全然悪くない、いや完全ウェルカムですが、味付けは間違ったと考えます。でもホラージャンルでオリジナルの味を超えるのは至難の業なので、これも致し方ないのでしょうか。だとするなら、もう貞子ブランドに頼るのは無理がありますし、何より恥ずべきことなんだと思います。 [インターネット(邦画)] 4点(2023-06-25 10:53:01) |
10. ザ・ロストシティ
《ネタバレ》 大物俳優の出演時間が短いだけなら『無駄遣い』または『勿体ない』ですが、扱いが雑なので『逆にオシャレ』『一周回ってイカしてる』となるのが面白いところ。そうブラッド・ピットのことです。もっとも欧米はカメオ文化が根付いているのでそこまで凄いって話でもありません。邦画でキムタクが同じ感じで出演したら事件ですけども。 アドベンチャー&ラブコメとしては一般的な出来。良くもありませんが、悪くもありません。ほどほどな冒険、ノーマルなアメリカンコメディ。そのため前述のブラピ以外に特筆する箇所はありません。ちなみにブラピ再登場シーンは完全に蛇足。野暮天としか言いようがなく、洒落のレベルが落ちているのが残念です。また、サンドラの派手派手ジャンプスーツは本作のアイコンなので、何だかんだ理由をつけて最後まで着させた方が良かったと思います。 [インターネット(吹替)] 5点(2023-03-06 17:22:10) |
11. 殺人鬼から逃げる夜
《ネタバレ》 聴覚障害を持つ主人公と殺人鬼による命を懸けた鬼ごっこ。ハンディキャップがマイナスに作用するのは仕方がないにしても、登場人物の行動や選択が合理性に欠けることや、警察の無能ぶり、通行人の無関心さ等、終始イライラさせられっ放しでした。もっともこれは洋画の殺人鬼ホラーでお馴染みの「あるある」であり、ツッコまれることなど百も承知でしょう。それでもあえて採用したのは、観客にフラストレーションを溜めさせるため。ラストで吐き出させ、カタルシスを得させようという魂胆があるのは明らかです。あざとい手口で品が無いと思うものの、実際まんまと爽快感を感じましたし、エピローグも観客の期待に沿うものでした。悔しいかな(笑)エンターテイメントとして正解と言わざるを得ないでしょう。喩えるなら焼肉のタレで味付けしたようなサスペンスでしょうか(韓国だけに)。繊細さは皆無ですが、分かりやすい濃い口の味付けで、美味いのは間違いありません。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2022-09-08 20:24:01) |
12. さがす
《ネタバレ》 胸糞な展開やエグい描写で心を搔き乱す映画を私はあまり評価しません。エンターテイメント上のテクニックを感じないから。吊り橋効果を利用した興奮や感動に興味はありません。そういう意味で、私は園子温監督作品を好みませんし(いつも引き合いに出してすみません)、本作もそんな映画の類かと思われました。しかし観終えて予想は見事に裏切られました。刺激的な要素は物語を紡ぐ一要素でしかなく、本作の本質はミステリーであり、そして何より親子愛を描いた濃厚なヒューマンドラマでありました。おそらくラストは近年の邦画史に残る名シーンと思われます。父と娘が卓球でラリーをしながら言葉を交わすのは僅か5分ほど。言葉のひとつひとつ、表情、空気と間を噛みしめ、2人の心を読み取ってください。パトカーのサイレン音に「お迎えが来たで」。いつもの軽口に重力が発生する異空間。私は父の立場に我が身を重ね、切なくて、やるせなくて、いたたまれませんでした。しかし救いはあります。我が子は何と立派なのかと。楓はまだ中学生。普通は真相を知っても金縛りでしょう。然るに彼女は父と堂々と対峙し、その非を咎めました。残酷です。無慈悲です。でも彼女は正しい。正しい子に育った娘を誇りに思わぬ親は居ません。「うちの勝ちやな」娘の勝利宣言は、まさに子が親を超えた瞬間でもありました。父が感じたのは嬉しさと寂しさか。それはこんな修羅場にあっても変わらないと思います。礼儀や躾はイマイチだけど、それを補って余りある強い魂を楓は持っています。 どの役者さんも文句なく素晴らしく、満遍なく褒めたいのですがキリが無いので一人だけ。となると、私的にはやはり佐藤二朗氏に言及したい。クセが強い独特な演技スタイルは福田雄一コメディで脚光を浴びていますが、本作のようなシリアスドラマにこれほどマッチするとは驚きでした。本当に素晴らしかったです。今まで色物系キャラクター俳優との認識でしたが、大変失礼いたしました。見方を改めます。超一流の実力派俳優で間違いありません。大拍手です。 [インターネット(邦画)] 9点(2022-08-04 14:28:44)(良:2票) |
13. 佐々木、イン、マイマイン
タイトルは『思うに佐々木って奴は』。極めて個人的な感想です。この機微を他人が量るのは至難の業と考えます。精一杯共感したつもりでも「お前に何が分かる」と言われそうで。だから私はこの映画の感想をあまり語りたくありません。佐々木を語る事ができるのは、佐々木に関わった者だけに許された特権であります。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2022-05-12 19:47:45) |
14. ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結
《ネタバレ》 洗練されたアクション。社会風刺あり、メッセージ性ありの骨太映画でありながら、パッケージは完全にオフザケ馬鹿コメディ。グロテスク描写も明らかにやり過ぎです。B級映画の皮を被ったA級作品。外見と中身のミスマッチ感(あるいはツンデレ感?)に痺れました。そして何より素晴らしかったのが、いつ誰が死んでも不思議ではない空気感でした。開始早々大した見せ場も無く次々と死んでいくタスクフォースXのメンバーたち。いやーこういう戦争映画を見たかったのです。これが殺し合いのリアル。まさに『スーサイド・スクワッド』の世界でした。体に良いものから害悪なものまで、美味しいもの全部載せのスペシャルパフェのような娯楽(ご馳走)映画。早期リメイクも大納得の快作でありました。続編期待しておりますね。 [DVD(吹替)] 9点(2022-05-03 23:58:57)(良:3票) |
15. サマーフィルムにのって
《ネタバレ》 どこから見ても『時をかける少女』+『映像研には手を出すな』です。かの作品に対するオマージュを隠す気も無さそうです。また、映像研が商業アニメ製作のリアルを体現したシリアスな格闘技だとすれば、本作は真っ当な高校部活動の範疇であり「ものづくり」に対するガチさを物差しとするなら、さしずめ学生プロレスと言ったところでしょうか。だいぶヌルい。しかしプロレスにはプロレスの良さがあります。いいトコ取り、何でもあり。時かけの切なさ、映像研の産みの苦しみをブレンドした物語は注文どおりの面白さでしたし、クライマックスの破天荒ぶりには度肝を抜かれました。映像研の浅草氏なら(プロの映画監督なら)絶対にあんな展開は選びません。「ものづくり」のルールに反するから。しかしプロレスなら出来るのです。「何時だってやり直せる」が綺麗事ではなく現実に起きる奇跡を目の当たりにして涙が溢れました。未来人がタイムマシンでやってくるなら、ホウキくらい日本刀に変わるでしょう。どさくさに紛れて散々ディスってきたラブコメまで肯定してしまう力技もまさにプロレス的であります。消えて無くなるものに全力を尽くし、思いを繋げることで夢を託す。私たちが生きる意味は青春の中に詰まっています。 主演のハダシこと伊藤万理華さんが実に魅力的でした。少年っぽいというか、無垢なラランドサーヤというか、バカリズム的というか。まあめんこいこと。オタク魂が宿った一挙手一投足に釘付けで、ずっとニヤニヤしながら眺めてしまいました(特に曲がった口元がチャーミングで『キック・アス』のヒットガールや『女子―ズ』の桐谷さんのように美人が口を歪める様に個人的に弱いみたいです)。実写の浅草氏も彼女が適任なんじゃないかと。2代目水川あさみ?こと祷キララさんも『ファンファーレが鳴り響く』から更生したようで何より。もう一人の女監督(花鈴さん)も可愛かったなあ。そして忘れてならないのは影の主役・ダディボーイ役の板橋駿谷氏。熱演でした。実年齢30代半ばの老け顔高校生お見事でした。それにしてもブルーハワイとかビート板とか、ニックネームがもはやスパイ映画のコードネームのようです。 [DVD(邦画)] 10点(2022-04-30 11:04:14)(良:1票) |
16. ザ・ブルード/怒りのメタファー
《ネタバレ》 本サスペンスの見どころは、コトの真相が明かされるまでの過程にありました。一体何が起きているの?殺人鬼は何者なの?様々な可能性に思いを巡らせます。いよいよ種明かしされた後は早仕舞い。それはもうアッサリしたもの。そういう意味では如何に真実をカモフラージュするかが重要でした。然るにこのタイトルはどうでしょう。完全にネタバレじゃないですか。ブルード=一腹の子。もっとも横文字が苦手な私は全く気づかす何の問題もありませんでしたが。もし邦題が『怪奇!黒雪母と7人の小人』だったなら、ボンクラな私でも流石に気付いたでしょうけども。見終えてみれば、雰囲気はあるけど、いまいち捉えどころのない映画。オープニングの音楽は如何にもサスペンスな趣で良かったです。 [インターネット(字幕)] 6点(2022-04-16 13:50:17) |
17. ザ・ファブル 殺さない殺し屋
《ネタバレ》 前作も『まるでカリオストロの城のようだ』と思いましたが、本作のアクションは更にスケールアップしており、初期宮崎駿アニメと同様の爽快感を得ることが出来ました。リアリティという縛りが無くなると、こんなにも心地良いものなのですね。実写で、しかも邦画で、こんなにワクワクするアクションに出会えるなんて幸せなこと。かつて隆盛を誇ったワイヤーアクションや、現在主流のアメコミ系CGアクションとはまた違った味わい。現実と非現実の狭間をゆく正に寓話世界の活劇でした。これぞ“金がとれる”アクションです。ただ、これだけエンタメに特化した非現実系アクションがウリの作品ですから、物語のテイストもそれに併せてはどうでしょう。もちろん『殺し屋』が主人公なので、殺伐とした部分があっても、グロテスクな描写があっても問題ないと思いますが、胸糞はいけません。胸糞は苦みではなくアク。物語の旨味に繋がらないと思います。原作を蔑ろにしろとは言いませんが、大衆映画として胸糞要素をオブラートに包む“工夫”はあっても良い気がします。アクション大好きな私が8点を付けるのを躊躇う理由はこの点にあります。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2022-02-24 18:25:15)(良:1票) |
18. サイレント・トーキョー
《ネタバレ》 「日本を戦争が出来る国にする」という首相発言に対する憤り。平和ボケ極まれる日本国民に向けた警鐘。今回の爆破テロ事件は、主にこの2点が動機と思われます。大きく括れば、世界平和を望むが故のテロと言えましょう。主義主張と行動が噛み合っていないように感じますが、目的達成の為の手段として「テロリズム」を許容する立場であれば、何ら矛盾はないのだと思います。大事の前の小事。日本語本来の意味での「確信犯」です。ただ、今回の犯人に「政治的信条」があったとは思えません。犯人の胸の内にあったのは、今は亡きあの人に対する深い愛情でした。 長い年月をかけ熟成された亡き人に対する想いは、「故人の意思を受け継ぐ」かたちで顕在化したと考えます。ただし、「本当に爆破テロが故人の意思であったか」は議論が分れるところかと。故人が爆破知識を犯人に授けたのは「この技能を役立てて欲しい」でありました。伝統工芸の職人が弟子に技術を伝承するように。老舗のうなぎ屋が秘伝のタレを後継ぎに託すように。自分が消えて失われてしまうのは、その対象が希少で有益であるほど、それを獲得するのに費やした労力が大きいほど、耐え難いもの。自死を決意していた者にしてみれば、自身が持つ爆破知識が受け継がれれば、それで満足だった気がします。もし戦争になったら、この知識を役立てて欲しい程度の話。しかし受け継いだ方からすれば、そうは行きません。「秘伝のタレ」を家庭内で消費するなど許されません。「宝の持ち腐れ」は罪だからです。犯人は、受け継いだ技能を最大限発揮する場をずっと探していたのでは。冒頭に述べた動機は後付けであり、キッカケに過ぎないと考えます。あの人が病んだのは、非情な現実に心が耐えられなかったから。テロリストを育成する気などハナからなく、後に起こる「必然の悲劇」を予想できなかったからと考えます。甘いですか。甘いかもしれません。 もし現実に、本件のような予告爆破テロが日本で起きたとしたら。昨今のコロナ対策の現状を見る限り、あれほど大勢の野次馬が溢れかえるとは思えません。危険だから近寄るなと言われれば、近寄らないのが日本人です。鉄道も運休するでしょうし。実際には渋谷駅周辺はスカスカだと思います。ただ、立ち入り禁止の規制範囲は結構あんなものかもしれないと思いガクブル。爆破規模は、毎度お馴染み「想定の範囲外」であり、首相が責められるべきはテロリストと対話しなかった事ではなく、立ち入り禁止規制区域が適正ではなかった事だと思います。 [CS・衛星(邦画)] 6点(2021-09-21 19:56:00)(良:2票) |
19. ザ・ハント(2020)
《ネタバレ》 何者かによって拉致され、殺人ゲームなり殺し合いなりを強要されるパターンは、今やバイオレンスホラー『定番』設定のひとつ。本作の場合、12人の男女が森の中に集められました。武器の支給あり。事前アナウンスはなく、いきなり銃撃されハンティングゲームの開始です。そもそもB級映画仕様のお話。理念やメッセージ性はハナから期待していませんし、むしろあると面倒くさい。重要なのは純粋に“サバイバルゲームとして面白いか否か”です。その点、社会風刺の色合いはあるものの、ゲーム自体のパワーバランスや公平性に問題はなく、途中ルール変更もありませんでした。このあたり結構テキトーな作品が多いので一安心。ゲーム開始直後の緊張感は素晴らしかったですし、後に判明するハンティングゲームが開催された経緯も馬鹿らしくて好みでした。 もっとも、本作最大の魅力は主人公クリスタルのキャラクターに違いありません。見た目は完全に脇役のそれ。派手な美人タイプではありません(失礼)。しかし、表情が実に“そそる”のです。眉を顰め、口を歪ませ、いつも少し不機嫌そう。これは理不尽な殺人ゲームに強制参加させられたからではなく、彼女の標準スタイルでしょう。現状に希望も絶望も抱いていないが故の平常心。だから注意深く観察し、的確な判断が下せるのだと思います。最初の立ち回りやアシストグリップを握っての一撃、その容赦の無いアクションに痺れました。ちなみに役者さんの名前はベティ・ギルピン。本サイトの人物登録が無かったので調べたところ、主にTVドラマ畑で活躍されている女優さんのようです。お名前覚えましたよ。実は3回ほど続けて鑑賞しています。それだけ彼女の不機嫌そうな顔が魅力的だったのです(決して立派な胸に惹かれたワケでない事だけはご理解ください)。物語の性質上、続編は難しいと思いますが、クリスタルのキャラクターを本作だけに留めておくのは勿体ない話。別作品に出張して登場してくれないかしら。アンチヒーローな刑事役とか、ピッタリだと思うのですが。 [インターネット(吹替)] 9点(2021-08-30 19:24:18)(笑:1票) |
20. ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷
《ネタバレ》 観始めて2分で「こりゃ呪怨のリメイクだな」と分かる程度に『呪怨』っぽくはあるのですが、本作に元祖の風味が活かされているとは言い難く。一応、日本から元凶となる呪いをアメリカへ輸入した体裁ですが、共有されているのは『家に取り憑く怨念が元となる呪害』という基礎設定のみ。正直、こんなものは『呪怨』の専売特許でも何でもないので、わざわざお金を払ってまで(?)『呪怨』ブランドに乗っかる必要があったのか疑問です。というか『呪怨』一派を名乗るのであれば、最低限『白塗り親子』は出さないと。ブランドの版権は買ったのに、ロゴを使わないとか、勿体ないったらありゃしない。あるいは、老舗のうなぎ屋からタレを別けてもらったのに、継ぎ足しでケチャップを入れてしまったような台無し感とでも言いましょうか。もっとも、これは元祖『呪怨』にそれなりの価値があればの話。冷静になれば、そんなものはありゃしないので、改変しまくっても何の問題も無い訳ですが。『呪怨』の看板があろうが無かろうが、基本的にセールスポイントが見当たらない普通のオカルトホラーとの印象です。 [インターネット(吹替)] 4点(2021-08-05 19:30:00) |