381. 十三人の刺客(1963)
《ネタバレ》 三池版リメイクを先に観ていますけど、やはりオリジナルは正統派時代劇という感じです。悪役殿様は明らかに三池版よりもまともというか迫力不足(リメイクの稲垣吾郎がぶっ飛びすぎとも言えるけど)、最期も単なるボンボン育ちらしい小物感が濃厚だったのが残念。こんなのが老中になっても大した影響なさそうな感もあるけど、逆に体面のためには妾腹といっても将軍の弟までも抹殺する幕府というか武家社会の非情さを強調する意図のストーリーテリングなのかもしれません、まあ考え過ぎでしょうけどね(笑)。十三人の刺客たちの半数は正直言って誰と特定できないような無個性なのがこの映画の欠点だけど、片岡千恵蔵・嵐寛寿郎・西村晃をキャラ立ちさせれば良いという脚本の割り切り方みたいですね。リメイクと違って里見浩太郎・山城新伍という若手キャラが目立たなかったのも残念、きっとまだ時代劇全盛時代のことですから、千恵蔵・アラカンといった大御所がメインで若手が活躍するような映画造りは難しい時代だったんじゃないでしょうか。出番はわずかでしたが月形龍之介=牧野靱負もさすがの存在感。リメイクでも松本幸四郎がキャスティングされていますが、「このチョイ役になんで幸四郎が起用されるんだろう?」という疑問がありましたが、オリジナル版へのリスペクトだったと納得しました。内田良平=鬼頭半兵衛も鬼気迫る演技、東宝製作だったら仲代達也が演じたんだろうなという感じもして、この二人の侍姿は雰囲気が似てますね。 クライマックスの大活劇はまさに“集団抗争”と呼ぶに相応しいごちゃごちゃぶり、これはこれでリアルなんでしょうけど好き嫌いは分かれるでしょうね。あんだけカッコよかった西村晃の無様な最期と逃げ延びてなぜか哄笑する明石藩士がラスト・カットというカタルシスのない幕の閉じ方、この辺りこそが工藤栄一らしいところなんでしょう。 [CS・衛星(邦画)] 6点(2021-10-05 22:21:25) |
382. パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち
いかにもディズニー映画って感じですね。終始退屈はさせられないけど、とにかく長い、尺が長すぎるよ。「ジョニー・デップといえばジャック・スパロウ船長」といった一生ついて回りそうなトレードマークを勝ち取ったジョニデはこのキャラで新境地を拓いたけれど、彼のコメディ演技は二十年近く経ってもこのジャック・スパロウからあまり進化してないようなのは気のせいかな?たしかに上手いんだけどね。あまりCGに頼らず、帆船同士の合戦が実物を使って再現されているところなんかはさすがディズニー、カネかけてますね。オーランド・ブルームはすっかりジョニデに喰われてしまってますが、シリーズ化が前提なので舞台挨拶みたいなものでしょうかね。その後15年近くで四作も撮られていますが、言ってみれば二十一世紀版『インディ・ジョーンズ』と見るのが正解なのかもしれません。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2021-10-02 21:37:54) |
383. 情婦
《ネタバレ》 どんなジャンルを手掛けても傑作をモノにしちゃうビリー・ワイルダーがアガサ・クリスティーのミステリーに挑戦。まるでヒッチコックが撮った様な極上の英国法廷劇になったわけですが、意外にもヒッチコック自身はアガサ・クリスティー原作を映画化したことはありません。チャールズ・ロートンを始め英国俳優が顔を揃え、おまけにマレーネ・ディートリッヒまで出てくるととてもハリウッドで製作された作品だとは思えません。唯一のハリウッド・スターと言えるのはタイロン・パワーですが、彼は次作の『ソロモンとシバの女王』を撮影中に急死していますから、本作が実質的に遺作なわけです。しかも死因が心臓発作だったというところは、本作からの因縁を感じてしまいます。彼は単なるイケメン・アクション俳優としてしか認知されていなかったけど、本作で見せた演技は演技開眼と呼べる好演だったので惜しまれるところです。因みに、ヴォールがフレンチ夫人と二度目に邂逅する映画館で上映されていた映画は、タイロン・パワーがジェシー・ジェームズを演じた『地獄への道(39年)』で、いかにもワイルダーらしい楽屋オチです。 そりゃあワイルダー映画ですから脚本は完璧で、チャールズ・ロートンと看護婦エルザ・マンチェスターの掛け合いは実生活でも夫婦だけあって傑作です。マレーネ・ディートリッヒもさすがの貫禄、例のシーンでの彼女の演技は完璧ですっかり騙されてしまいました。まああんまり詳しくは書けませんけど、50年代の作品としてはかなり強烈などんでん返しだったんじゃないでしょうか。 この映画の唯一最大の欠点はやはり『情婦』という邦題で、どこからこのワードを思いついたのか謎でしかありません。自分はこの邦題のおかげで長いこと敬遠してしまいましたが、同じような経験の人も多いんじゃないでしょうか。“内容が伝わらない悪センス邦題ランキング”があるのなら、間違いなくベスト3以内にランクインするでしょう。 [ビデオ(字幕)] 8点(2021-09-30 23:32:03) |
384. アメリカを売った男
《ネタバレ》 ジェームズ・ボンドものとは違い、実話をもとにしたスパイ映画はホントに暗いお話しが多いですね。“名が知られたスパイは、失敗したスパイだ(もちろん例外もあるけどね)”という名言もあるくらいですけど、クリス・クーパーが演じるロバート・ハンセンは私が今まで観たスパイ映画のキャラでもっとも闇落ちした人物です。決して善人役が回ってきそうもないご面相なのに、まるで爬虫類が人間に化けたような顔つきでしかも熱心なカトリック信者、そしてド変態ですからねえ。でもこれこそ彼にしか演じられない当たり役だったんじゃないでしょうか。ラスト、エレベーターのドアが開いたらいきなりライアン・フィリップとクーパーが鉢合わせする場面、「私のために祈ってくれ」と呻いて暗転する幕の閉じ方は鳥肌ものでした。ライアン・フィリップが演じるFBI職員のキャラは実在人物なのか架空のキャラなのかは判りませんが、知らないうちにスパイ容疑者の監視役を命じられ真相を知って苦悩が深まる過程はリアルでした。でも左遷されて“窓のない部屋”に押し込められて新しい助手があてがわれてきたら、「こいつは俺の監視役だ」と普通は迷わず確信すると思いますけどね。まあフィリップのモデルがいたとしてもかなり脚色されているはず、でも彼が置かれるシチュエーソンがハラハラ・ドキドキを盛り上げてくれるので良い脚本かと思います。ハンセンがスパイに走ったのは、共産主義イデオロギーへの共鳴ではなく自分の能力が評価されないことへのルサンチマンが主たる動機だったみたいです。でもこの映画ではそれに付け加えるように彼のカトリック信仰が強調されていますが、信仰自体はスパイ行為とは関係ないと思います。熱心なカトリック信者が無神論の共産主義国に協力しますかね?人間の内面はそう簡単に割り切れるものじゃないのも確かですが、プロテスタントが主流のアメリカですから、ハリウッドはカトリックをなんか眼の敵にしているような気がしてならないんですけど。そうは言っても、上司がいきなり夫婦で自宅に押しかけてきて宗教勧誘してきたら、そりゃ堪りませんけどね(笑)。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2021-09-27 23:18:35) |
385. ディレイルド 脱線
《ネタバレ》 ハロウィンの夜に運航されるイベント列車がありました。乗客とともに役者が乗り込み、列車内で起こるアガサ・クリスティーばりの殺人劇を見せて推理を愉しませるというミステリー・トレインです。ところがなぜか車内には列車強盗が乗客に紛れ込んでいて、本物の殺人が起こってしまいます。強盗犯に機関士が射殺されて列車はカーブで減速できずに脱線・転落、そしてここから映画自体のストーリーも脱線・暴走してゆくのでした… 掴みというか導入部はいかにもミステリーっぽくて雰囲気が良いんですよ、ところが前述のように列車脱線してからは唐突にモンスター・ホラーに様変わりしてしまい、こちとらとしてはもう何の映画を観ているのか訳が判らなくなっちゃいます。ネタばれはしたくないので深くは掘りませんが、お話しが進行するに連れて「オチはあれか、もしくはあれだろうな」としか解釈できなくなってきます。因みに予想したうちの片方が正解でしたが、別に嬉しくも何ともない(笑)。しかしそのオチからすると、モンスター・パニック的な要素を入れる必然性はどこにもなく、脚本と観客を混乱させた効果しかなかったと思います。出演している俳優陣は無名ばかりなのはB級映画なので仕方ないですけど、唯一ランス・ヘンリクセンが顔を出しているのが華なのかな。でも彼は冒頭に一瞬顔を見せてその後は音沙汰なし、あとはラストでオチを解説する役目で登場するだけで5分にも満たない登場シーンでした、それにしても老けたようなこの人。 序盤の良さげな雰囲気からして、考え込んだ脚本ならもっと観れる映画になっていたかもしれません。観終わってみての感想は「この監督、けっきょく何がしたかったの?」ということに尽き、観客にそれを言われたら堂々たる失敗作ということになるでしょう。 [CS・衛星(字幕)] 3点(2021-09-24 21:07:35) |
386. ゲームの規則
《ネタバレ》 考えてみると、フランスのセレブって不思議な階級ですよね。フランス革命で王制廃止して共和国になったのに爵位を持った人々が未だに存在してるんですから。ていうか、実は革命後80年余りのうち純粋に共和制だったのは20年足らずで、君主制だった期間の方が圧倒的に長かったということは意識されることは少ないでしょう。だから公爵や伯爵が生き残ってデカい面してるのも不思議ではなく、中にはブルボン家の傍系の子孫もいて実現性は皆無だけど密かに王政復活を願っているくらいですから。まあ新たに爵位が授与されることはないのですが、“自由・平等・博愛”なんてイメージだけでフランスを理解している人が日本に多いと感じるのは私だけでしょうか? 余談はさて置き、最近インテリの間で評価が高まってきた本作は上流階級の頽廃を痛烈に皮肉っているのは確かです、面白いと感じるかどうかは別にしてね。『ゴスフォード・パーク』や『ダウントン・アビー』などの英国貴族ものと比べると、“noblesse oblige(ノブレス・オブレージュ)”の雰囲気がセレブたちの振る舞いに微塵も感じられないところでしょう。この物語で彼らが狂奔しているのは不倫・恋愛沙汰といった“ゲーム”にいかにして勝つかということであるという事には頭がクラクラさせられます。この映画のストーリーテリングからすると、ジャン・ルノアールがこの連中を肯定しているのか否定しているのかは判断に迷うところかもしれません。侯爵は捕らえられた粗野な密猟者を何の咎めもなく雇ったりして悲劇のもとを創り出しますし、また自身も不倫しているからといっても妻を浮気相手のもとに送り出す侯爵には、「これは優しさなんてものじゃない、単なる怠惰だ」としか感じられませんね。 この映画のプロットは、時代設定が19世紀でもブルボン王朝時代でもなんら違和感がないわけで、これを現代の物語にしたルノアールの意図は理解できます。「ラ・シュネイは我らの階級を守った、次第に減ってゆく階級だ、お目にかかれなくなる人種だ」というラストの将軍のセリフは、現実に公開翌年にナチ・ドイツに敗れて占領され、壊滅的な打撃を受けるフランス上流階級の近未来を予言しているようで興味深い。 [ビデオ(字幕)] 7点(2021-09-21 23:35:26) |
387. キャノンフィルムズ爆走風雲録
《ネタバレ》 キャノンフィルムズといえば80年代にハリウッドと世界に旋風を巻き起こし、ジャン=クロード・ヴァン・ダムやチャック・ノリスを世に送り出したB級プログラム・ピクチャーの雄。その創業者であるメナハム・ゴ―ランと従兄弟のヨーラン・グローバス、人呼んで“ゴーゴー・ボーイズ”の波乱万丈の映画バカ人生を描くドキュメンタリー、とくとご堪能あれ! ゼロからイスラエルで映画製作を始めてイスラエルでは名の知れたヒットメーカーになっていたゴ―ランのもとに映画好きの従兄弟グローバスが転がり込んできたのが、キャノンフィルムズのそもそもの始まり。二人はさらなる飛躍を夢見てハリウッドに進出、でも当たり前ですがそう簡単に成功が掴めるはずはありません。『グローイングアップ』シリーズなどでヒットのコツが判ると、70年代後半から80年代にかけて低予算B級映画で市場を席捲してゆきます。二人は、根っからの映画監督で年に何十本も映画を平気で撮っちゃうゴ―ランに、資金集めの天才グローバスがプロデューサーと裏方担当と役割分担がきっちりしていますが、どちらも根っからの映画バカだというのは共通点。キャノンが編み出した画期的な資金調達法は、キャスト・スタッフはおろか脚本すら存在しないただの企画を華々しいポスターに何十本も仕立て、それをカンヌなどの映画祭で大量に売り捌くという詐欺スレスレの際どいもの。とうぜん少なからぬトラブルも発生しますがイケイケの80年代でしたから面白いように儲かって、最盛期はハリウッドの映画興収の20%はキャノンが稼ぎ出し、インタビューでも語っているように本気でハリウッド六番目のメジャーになるつもりだったみたいです。ヴァン・ダムやチャック・ノリスのB級アクションのイメージが強いキャノンですが、意外なことに『ゴダールのリア王』やジョン・カサヴェテスの『ラブ・ストリームス』などの文芸作にも出資しています。もっともゴダールは「ゴ―ランは映画を撮っていなければただのマフィアの親分だ」なんて、出資してもらったのに罰当たりなこと言っていますけどね(笑)。 知っての通りキャノンは二人の野望にもかかわらず消滅してしまったのですが、EMI買収の頓挫とやはり『スーパーマン4/最強の敵』の大失敗がきっかけだったとこの映画では分析しています。どんなにカネがかかろうともただ映画が撮りたいだけのゴ―ランとさすがに資金繰りがもう限界だと悟ったグローバスはついに喧嘩別れ、ゴ―ランはまた映画製作会社を立ち上げ、グローバスはパテ社にキャノンを買収してもらいそのパテがMGMを買収したので彼がMGMの社長に就任という巡りあわせに。この買収は後に大金融スキャンダルになってMGM社長は短期で降りる羽目になったのですが、これはまた別の話し。 その後はゴ―ランの会社は破綻してこの映画が製作された2014年にはもう映画なんか撮れない状況になっていましたが、グローバスはイスラエルで撮影スタジオを運営したりしてそれなりに活躍しているみたいです。しょうじきキャノンに関しては悪い話しとイメージしかなかったですが、こうやって丹念に二人の足跡を見せられると、映画製作に人生のすべてを注ぎ込んだ愛すべき映画バカに共感してしまうほどです。ラスト、20年間絶交状態だった二人が本作をきっかけに和解し、仲良くポップコーンを食べながらスクリーンに流れるイスラエル時代の作品を嬉々として観ている光景は、もう泣いてしまいます。ゴ―ランは本作製作と同年に亡くなったそうです、合掌。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2021-09-18 21:35:46) |
388. 架空OL日記
《ネタバレ》 バカリズムが制服を着てOL銀行員になっているとは一つ間違えばくだらないコントの映像化になってしまうところ、それが日記調でロー・テンションな語り口で通すことによってありふれたOLの日常を鮮やかに見せてくれます。セリフや仕事オフのときのカジュアルな私服からはもうバカリズムにしか見えないのですが、彼の意図があえて女装を意識させないところにあったので違和感はあまりなかったですね。同職の知り合い女性には「女性同士であんな人間関係がすっきりしてるわけないじゃん!」とダメ出しを喰らっていましたが、男性のバカリズムがここまで女性同士の機微をストーリーに落とし込めたのは、やはり彼の才能の賜物でしょう。彼はかつてアイドリング!!!という女性アイドルグループをプロデュースしたことがあったので、その経験が活かされているのかもしれません。考えてみると彼の演じるキャラはOLグループの中でも話題の中心となるよりは脇からツッコミを入れる空気っぽい存在で、それが夢オチ的なラストに上手く繋がっていると思います。それにしても、『天然コケッコー』のそよちゃんが10年後にこんな逞しいOLになっていたとは、おじさんは感無量です。あと韓国採用されたソヨンというキャラ、この物語に登場させる必然性があまり感じられないし、だいいちいくら日本語は上手だといっても窓口業務はさせないでしょ? [CS・衛星(邦画)] 7点(2021-09-15 23:20:04) |
389. 第三の男
《ネタバレ》 アントン・カラスの『ハリー・ライムのテーマ』や長回しのラスト・シーンであまりにも有名な映画。あのラスト・シーンは、個人的には映画史上最高のラスト・シーンだと思っています。グレアム・グリーンが書き下ろした脚本は、ジャンルとしてはフィルムノワールに分類されるかと思いますが、本家ハリウッドのノワールとは趣を異にする英国風味が特徴。舞台が占領下のウィーン(まだオーストリア国家の主権が回復されていないころ)で、登場人物の国籍も米・英・ソ・墺・ルーマニア・チェコスロバキアと国際色豊かで、まだ瓦礫が方々に残っているウィーンでロケしているのも貴重です。オスカー受賞した映像は大戦後にドイツ表現主義を復興させたような完璧な構図の数々、とくに夜間撮影の素晴らしさも映画史上最高かもしれません。最近の下手クソな撮影監督による何が映っているのかさっぱり判らない夜間撮影に比すと、モノクロ撮影ながら闇は闇、淡いながらも光が当たる部分はくっきりと見せる匠の技、とくに闇の中からオーソン・ウェルズの異相が突然にスクリーンに映し出される瞬間は鳥肌ものです。あとハリー・ライムの共犯者たちやアパートの管理人などの脇のキャラに、癖の強い顔の役者を揃えてそのアップショットが多いのも特徴でしょう。いちおう主人公と言えるのはジョセフ・コットンが演じる三流作家なんですけど、こいつが事件解決の糸口を作るけどハードボイルドとはほど遠いグダグダな男で、ライムを警察に売ってしまうのはなんか後味が悪い。ラストでまだ未練たっぷりのアリダ・ヴァリに強烈なしっぺ返しを喰らったのは、当然と言えば当然の結末だと思いますよ(笑)。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2021-09-12 22:25:22) |
390. ようこそ映画音響の世界へ
映画音響の歴史と役割を判りやすく解説してくれる貴重なドキュメンタリーです。「トーキー映画は音を芸術に変えた」、そう、忘れちゃいかんのは映画というものはそもそも音が無かった単なる映像だったということでしょう。トーキー映画が誕生してまず観客が喜んだのはスクリーンの役者たちの声が聞こえることで、それが映画音響のすべてだった。日陰者扱いだった音響効果でしたが、オーソン・ウェルズ、ヒッチコック、キューブリックといった天才たちが映画音響を革新してゆくことになります。本作には様々な音響技術者や映画監督が出演して語りますが、やはり“映画音響のゴッドファーザー”ウォルター・マーチの存在と業績が偉大だったんだなと改めて認識させられます。70年代以降はスピルバーグやルーカスといった面々の活躍で映画音響もデジタル化が飛躍的に進んでいまやすべての作業がミキシング・ルームのデジタル機器で済んでしまっているような印象を受けますが、効果音やフォーリー音の作成には昔ながらのアナログ音集めが健在なのも面白いところです。本作に登場する音響スタッフたちの活動を見ていると、本当にみな映画を愛する真の職人集団だなと感じます。いろいろと言われますけど、ハリウッドというところは各分野のプロフェッショナルが造り上げる職人文化が他国に追随を許さない強みを持っているんじゃないでしょうか。「職人気質は日本人の強み」と言われたりもしますが、情けないことに現在の日本映画界で消え失せてしまったのがこの職人気質だと思います。古い話しですが、東宝の円谷特撮なんかはその歴史だけでも一本の映画になる職人芸の極致です。たとえば現在の邦画界での映画音響のドキュメンタリーを撮ろうとしても、とうてい映画として成立しないでしょうね。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2021-09-09 21:35:25) |
391. ラストキング・オブ・スコットランド
《ネタバレ》 歴史に名を残す悪名高き独裁者アミン、彼に気に入られて主治医兼側近になったボンボン育ちのスコットランド人医師の恐るべき秘話。という体裁の映画なんですけど、実はこの医師は架空のキャラで事実をモチーフにしたフィクションということなんです。アミンが主人公の映画といえば、これまた悪名高き『食人大統領アミン』というモンド映画がありますけど、この映画で描かれたような食人したとか生首が冷蔵庫に…なんて逸話は最近の研究では誇張された与太噺だったとか。“実はアミンはベジタリアンだった”というのも事実らしくて、こうなると苦笑するしかありません。それでも一説では三十万人の自国民を殺害したというのは紛れもない事実で、やっぱとんでもない奴だったのは確かです。 そんなアミンを巨漢フォレスト・ウィテカーが熱演しています。元来心優しいキャラを演じることが多かっただけに、権力を握りたてで妙にテンションが高い頃のアミンは彼の持ち味だけど、中盤からの疑心暗鬼に捕らわれて周囲の人間を殺しまくる独裁者に変貌してゆく様を、彼にしかできない見事な演技で見せてくれます。特に後半は、もうアミンにしか見えないというのが正直な感想です。でもそのアミンが可愛く見えちゃうほど嫌悪感を呼ぶのが、ジェームズ・マカヴォイが演じる医師でしょう。英国籍のくせにやたら「俺はスコットランド人だ」を強調するし、現地で世話になった医師夫婦を平気で裏切るし、女にはだらしがなくてアミンの第三夫人と情事を重ねて妊娠させちゃうし、パスポートを没収されて英国外交官に泣きついても「アミンの白いサル」と蔑まれて拒絶されるところでは、思わず「ざまーみろ!」と心の中で快哉を上げてしまいました。まあここまで観る人を不快にさせるとはそれだけマカヴォイの演技が優れているからでもあり、多いに褒めてあげなくてはね。 ラストのエンテベ空港事件を絡ませた脱出シークエンスは、史実を上手く取り入れたハラハラ・ドキドキの盛り上がるサスペンスでした。思い出すだけで背筋がゾクゾクしちゃうのはマカヴォイが乳フックで吊るされる拷問シーンで、これとケリー・ワシントンの意味が判らん切断死体を見せられるところはほんとキツイ。でもこの映画でグロいシーンはこの二ヶ所だけだった感じで、『食人大統領アミン』とはえらい違いです。ていうか、そんなモンド映画と較べられちゃ迷惑ですよね。 ハッピーエンドだったのかどうか、微妙なストレスが残る映画でした。でも実際のアミンが夢のお告げ通りに天寿を全うしたのは、ほんと世の中は理不尽です。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2021-09-06 21:39:02) |
392. ウエスタン
《ネタバレ》 “スパゲッティ・ウエスタン(アメリカではマカロニウエスタンがこう呼ばれていた)”の巨匠として名が知られるようになったセルジオ・レオーネが、ハリウッドに招かれ潤沢な予算とスター俳優を得て腕を振るった大作。でも本当にやりたかった企画は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』で、その資金稼ぎのために渋々引き受けた西部劇だそうです。元祖“三すくみ映画”監督だけあって、冗舌と言えるほどのストーリーテリングで三人の男の生きざまと死にざまを暑苦しく見せてくれます。 まず何と言ってもヘンリー・フォンダ、彼のフィルモグラフィ中唯一(たぶん)の悪役を堂々とした演技で見せてくれて、さすが名優です。その悪役演技に感動したジェーン・フォンダが、一ファンとして父親にファンレターを捧げたそうで、複雑だった親子関係だけに感慨深いエピソードです。70年代以降のフォンダは遺作の『黄昏』まで駄作での手抜き演技で晩節を汚してますから、実質的に本作で名優のキャリアを終えたと言えるんじゃないでしょうか。でも私が最も注目すべきだと思うのはチャールズ・ブロンソンです。レオーネ映画はクローズ・アップの多用が特徴ですけど、全盛期ブロンソンの魅力に改めて気づかされました。ブロンソンの顔(とくに鼻下から眉毛のあたりまで)どアップをこれだけ見せられるフィルムは他にないでしょう、最低限の表情変化でこれだけ哀愁を表現できるとは見直しました。この演技でオスカー受賞できなかったのはなんたることか!おっと、そういやノミネートすらされてませんでした(笑)。ジェイソン・ロバーズも良かったんだけど、あまりに髭面がむさ苦しかったところと、演じるシャイアンという無法者キャラが判りにくい存在だったのは難点です。ここに全盛期のクラウディナ・カルディナーレが絡むんですから、まさに“ヴィスコンティが撮った西部劇”みたいだという批評にも納得できます。願わくは、CCには脱ぎを見せて欲しかったな(おいおい)。 脚本には若きダリオ・アルジェントとベルナルド・ベルトルッチが参加しているというのも豪華です。冒頭の三人組殺し屋が駅でブロンソンを待つシークエンス、ジャック・イーラムの顔にたかる蠅を延々と追いかけるシーンは、ぜったい昆虫フリークのアルジェントが出したアイデアだと思うな。このオープニングでブロンソンに返り討ちされる殺し屋たち、実はイーストウッド、リー・バン・クリーフ、イーライ・ウォーラックの『続・夕陽のガンマン』トリオをカメオ出演させる構想があったそうです。もし実現していたら、『グラン・トリノ』の40年前にイーストウッドはスクリーン上で死を迎えていたわけです。 昨今では尺が長い映画は評価が低くなるという風潮があるのは、自分としては納得がいきません。やっぱ中身が大事なんですよ、いちばん。本作はその映像表現が冗長だという批評が目立ちますが、これだけエモいウエスタンを撮れた映画作家はレオーネしかいなかったんじゃないでしょうか。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2021-09-03 22:48:45)(良:1票) |
393. ライトスタッフ
《ネタバレ》 孤高のパイロットで初の超音速飛行に成功したチャック・イェーガーと、彼とは対極の生真面目・堅物な海兵隊パイロットだったジョン・グレンらマーキュリー計画の七人の宇宙飛行士たちを対照的に描くストーリーテリングです。この映画のチャック・イェーガーこそが、そりゃ美化されている部分もあるでしょうけどまさに漢の中の漢と呼ぶに相応しいんじゃないでしょうか、とにかくカッコいいんだなこれが。実物の彼も第二次大戦ではドイツ占領下のフランスで撃墜されるが敵地を突破してスペインに逃れて復帰、その後P-51マスタングを駆って一日で5機のドイツ機撃墜を果たして 米軍初の"ace in a day"の称号を得るという伝説的な戦闘機乗り。超音速飛行に成功したⅩ‐1もこれまた凄い飛行機で、ロケットに翼をつけて(しかも後退翼じゃなく直線翼)水平飛行させたような代物。開幕から音速飛行に成功するまでの二十分は虚実を織り込みながらも劇的かつ感動的でここだけで一本の映画を観たような気分になります。パイロットとしての誇りに満ち溢れたイェーガーがモルモットのような存在だったマーキュリー計画の宇宙飛行士に志願するわけもなく、ここから政治に翻弄される宇宙飛行士たちと人生が分かれてゆくことになるわけです。 実際のイェーガーはベトナム戦争では作戦部隊を指揮して将軍になるぐらいですから決して破天荒なだけの人物ではなく、でも演じるサム・シェパードがあまりにカッコいいんでこれはこれでアリでしょう。マーキュリー計画のグダグダな進行ぶりはかなり揶揄した描き方で、とくにジョンソン副大統領はこれでもかと醜悪さが強調されていて面白かったです。マーキュリー・セブンの面々は政治に翻弄されたと見ることもできますが、忘れちゃいけないのはマーキュリー計画こそが政治そのものでジョンソンの道楽だったわけじゃありません。ロケットの開発はICBMを実戦化するためのソ連との軍拡競争そのもので、この辺りをまったくスルーしているのは違和感がありました。テキサスで七人がジョンソンの政治ショーで道化を演じさせられているシークエンスに、イェーガーが高度記録を破ろうと単独でNF-104を飛ばすシーンをカットバックする編集にこの映画が訴えたいことが濃縮されているんじゃないでしょうか。墜落寸前で彼が見た星空には、イェーガーこそが誰のサポートも受けずに単独操縦で宇宙に達した唯一の人間だったんだ、という訴えが込められているような気がします。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2021-08-30 22:27:21)(良:1票) |
394. アパートの鍵貸します
《ネタバレ》 その昔、明石家さんまがトレンディドラマに出ていたころ、有名な“テニスラケットを使ったパスタ水切り”をそっくり再現というかパクっていました。名優ジャック・レモンの伝説的なパフォーマンスをパロっちゃうとは、さんまというか演出家はいい度胸してるなと感心した思い出があります。 初めて観たとき、「NYってラブホが無いのかよ?」というのが強烈な違和感だった記憶があります。いくら一等地にある部屋だといっても、知り合いが住んでいる部屋に女の子を連れ込みますかね、それも急にムラムラしてきたってわけじゃなく一週間以上前から予約しておくなんてねえ。まあそれを言っちゃあ話が進まないので深くは掘りませんけど、貸しているジャック・レモンも出世のための苦行だと割り切っている俗物キャラなのがイイですね。シャーリー・マクレーンの演じるフラン(ファミリーネームがキューブリックというのが凄い)に関しては、“純情そうに見えるけどヤルことはヤッテいる女”という感じがするし、ほとんど極悪非道といっていい人格の部長に離婚させて後釜に収まろうとするちょっと嫌な女。でも最後の最後で突然目覚めてレモンのもとに飛び込んでゆくラストは、それまでほとんど彼女に感情移入できなかっただけに鮮やかな脚本だと感心します。 言ってみればこのお話しは典型的なシチュエーションコメディなわけですが、そこに微妙なさじ加減でペーソスが味付けされている、まさにジーン・ワイルダーじゃなきゃ撮れないラブコメだと思います。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2021-08-27 22:14:14)(良:1票) |
395. 悪魔の沼
《ネタバレ》 デビュー作が話題を呼んでハリウッドに招かれたトビー・フーパ―、でも『悪魔のいけにえ』がなんであんなに高評価なのかが理解不能な自分としては、この第二作は納得のクズ映画でした。ハリウッドとはいっても怪しげな独立プロデューサーの製作で全編安っぽいセット撮影でフーパーも単なるお雇い監督、フーパーが趣味をあまり主張できなかった分基本的な監督としての能力が発揮できるチャンスでもあったのに、出来はご覧の通りです。メル・ファーラーやスチュアート・ホイットマンといった微妙なビッグネームも出演していますが、オードリー・ヘップバーンが妻だった男が出るような作品じゃないでしょ、ファーラーさん。前作に続いてマリリン・バーンズも出演していますけど、彼女と娘役が終始がなる悲鳴のうるさいことといったら、とくに娘の方はもうほとんど超音波でした(笑)。ネビル・ブラントも終始支離滅裂なセリフを呟くだけ、もうこれは完全にキチ〇イというわけです。このキチ〇イ親父が終始カントリーミュージック放送をホテルに流すのはトビー・フーパ―印なんですが、物語は終始夜間で『いけにえ』が真っ昼間の出来事だったのとは対照的、明るい太陽のもとでの凶行とカントリーは妙に親和感があったけど夜間だと単にうるさいだけ。そう言えば後にフレディ・クルーガーで有名になるロバート・イングランドも出てましたが、“Name's Buck... and I'm rarin' to fuck.”という冒頭のセリフは、“キル・ビル”でタランティーノがオマージュし、看護士バックが全く同じセリフを発してましたね。保安官のスチュアート・ホイットマンもいてもいなくてもどうでもイイキャラで、そのくせラストになって全てが終わったところでまるでヒーローみたいな顔して突然に登場、主要な男性キャラはみんな喰われちまったんだからあんたもワニの餌になればよかったんだよ! [CS・衛星(字幕)] 3点(2021-08-24 22:56:19) |
396. 天然コケッコー
《ネタバレ》 全校で小中学生が七人だけという過疎地の学校生活が、観ていてとても癒されます。小学校と中学校はいちおう教室が別ですけど、給食の時間になると小学生は机と椅子を持って中学教室に移動してきて、先生を含めてみんなでお昼ごはんとはなんか自分が思う理想の学校生活なんですね。こんなド僻地の学校にまでセンターから給食が毎日配達されるって、考えてみれば日本ってすごい国なのかもしれません。また中学生を教える唯一の男性教師がほんわかしていていいんだな、こういう先生に出会いたかったものです。そんな世界に舞い降りた鶴(?)のような美少女そよ、これが初主演である夏帆の透明感あふれる存在は新人賞を総舐めしたのが納得です。一人称が“わし”というのもなんか胸キュンです。「行って来ます」が「行って帰ります」になる石見弁も初めて聞いたので面白かった、なんか全体的に九州の方言と似ている気もします。そよがさっちゃんの家にお見舞いに行くシークエンス、「ごめんね」と謝るそよにさっちゃんが抱きついてくるシーンは、もう泣きますよ。原作漫画は大人びたタッチで描かれているんですけど本作は終始ほんわかムード、完全に山下敦弘ワールドに染め上がっていました。こういう自然が豊かな田舎で育つというのは子供にとっては最高の環境かもしれませんが、ミニマムな人間関係ですので大人にはけっこうキツいんじゃないでしょうか。そこら辺も、さりげなくですが見せてくれる脚本だったなと思います。 そよが通う学校は木村中、受験する高校が森高校でその近隣にあるのが草薙高、「ひょっとして」と調べたら原作設定では“S県香取郡木村稲垣”がそよの家がある村落で、隣町は“中居町”、なんと原作者くらもちふさこはSMAPオタでした(笑)。 [CS・衛星(邦画)] 8点(2021-08-21 22:41:25) |
397. ミッドウェイ(2019)
《ネタバレ》 ローランド・エメリッヒが監督なので最低線の期待しかしていませんでしたが、ギリギリの線で予想通りというのが感想です。ぶっちゃけて言えば、『パールハーバー』と『ミッドウェイ(76)』を足して二で割ったような映画ってとこでしょうか。 前半はお約束通り真珠湾攻撃から始まってB-25による東京初空襲までを流す、ここら辺はまるで『パールハーバー』のダイジェスト版リメイクを見せられている感じ。いちおう日本側には豊川悦司・浅野忠信・國村隼といった第一線俳優を使っているけど、あとは無名の日系俳優ばかり、それでも日本語だけはちゃんとしていたのは褒めておきましょう。でも、山本五十六が真珠湾奇襲に成功したことを知るシーン、京都の先斗町みたいなところに居て和服姿でしかも芸妓とくつろいでいるというのは、「そんなバカな!」と叫びたくなりました。三船敏郎なら絶対に撮らせなかったでしょうね。海戦に至る経緯はアメリカ側からの視点が主なんだけど、有名な暗号解読の経緯などはかなり飛ばし気味のあっさり風味、76年版もそうだったけどこの部分を上手く織り込んだ脚本じゃないとミッドウェイ海戦の本質が伝わらないと思います。アメリカじゃ「日本海軍の暗号を解いて待ち伏せして勝った」ということは、ちょっときまりが悪いところもあるのかな? 戦闘シーンはCG全盛時代ですから良くできていて当たり前、そうなると考証やディティールにどれだけ拘っているかが勝負なるでしょうが、ここはレベルがかなり低い。日米ともに艦船の再現度は高いといえますが、海戦シークエンスになるとツッコミどころ満載です。SBDドーントレスの爆撃シーンは臨場感あふれているけど爆弾をリリースする高度があまりに低すぎ、当たり前ですけど高度が高いほど爆弾の位置エネルギーが増すわけで、飛龍に着弾するシーンではいくら甲板が非装甲の日本空母でも甲板が貫けるわけがない、もし専門アドヴァイザーがいたら絶句すること間違いなしの珍シーンです。南雲機動部隊の艦隊陣形もあまりに各艦の距離が近すぎ、だいいちあんな近くに戦艦(金剛型?)がいるわけがない。などなど突っ込みだしたらキリがないんですけど、要は監督以下製作陣がミッドウェイ海戦というものを真剣に調査していないってことなんでしょう。まあ監督がエメリッヒでチャイナ・マネーがたっぷり注ぎ込まれた時点で、もう何を期待してもムダだってことです。 劇中で海戦当日にミッドウェイ島で記録映画を撮影していたジョン・フォードのエピソードが一瞬だけ挿入されていましたね。もし日本が海戦を制してミッドウェイ島を占領したら、戦死していなければフォードが捕虜になっていたかもしれないって、不謹慎かもしれませんがなんか面白くないですか? [CS・衛星(字幕)] 3点(2021-08-18 23:17:22)(良:1票) |
398. 戒厳令(1972)
《ネタバレ》 コスタ・ガヴラスのいわゆる三部作の一作、南米ウルグアイで起きた事件をもとにしているが、政治的映画というよりもまさに政治映画そのものといった方が相応しいでしょう。“架空の国での出来事”とした『Z』の設定とは対照的に、登場人物たちは仮名になっているみたいだがはっきりウルグアイの出来事として撮っています。全編ロケですがさすがにウルグアイでは撮影できず、街並みはチリで撮られたものだそうです。つまり時おり映り込む海は、ウルグアイが面している大西洋じゃなくて太平洋ということです。 全編がドキュメンタリー調というか淡々としたタッチのストーリーテリングなので、緊迫感には満ちているがまったく盛り上がるところがないお話しです。冒頭が誘拐されたモンタンの葬儀でいわゆる倒置法(『刑事コロンボ』方式ともいう)なのもその一因かもしれません。製作者や監督自身がいわゆる主義者なので狙っているのは確かですけど、娯楽色はいっさいありません。誘拐をする組織は実在の南米最強と呼ばれたツパマロスなんですが、なんせ監督が主義者なので徹底的に善玉という位置づけで描かれています。冒頭や各所で挿入されるドキュメンタリー調の政府側の検問や街頭での取り調べシーンは緊迫感満点で、この種の映画のお手本といって良いでしょう。ウルグアイ政府に弾圧のコーチをする本来悪役であるはずのCIA(?)の工作員みたいなモンタンですけど、堂々とした覚悟のある人物として描かれており“自分の処刑がツパマロスの終わりの始まりなんだ”と腹をくくって死に臨む姿はカッコよくさえあります。撮影時は判らなかったことですが、この映画の公開翌年にはツパマロスは軍事政権によって壊滅させられます、なんか近未来を予言していたみたいです。 ガヴラス三部作の中で他の二作の舞台とされたギリシャ・チェコスロヴァキアと並べると、いちおう議会は開かれているし記者は割と自由に活動している風にも見えますし、ウルグアイは割と生ぬるい感すらあります。さすが昔は“南米のスイス”と呼ばれたこともあった国、80年代には国民投票で軍事政権から民政にスムーズに移管したぐらいですからね、つまりツパマロスが目指した暴力革命は間違っていたってことではないでしょうか。“世界一貧しい大統領”と近年マスコミに持ち上げられたホセ・ムヒカはツパマロスの指導者だったそうで、こういう立場の人が殺されずに政治活動をして大統領になるなんてウルグアイは面白い国なのかもしれません。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2021-08-15 22:13:31) |
399. ロボコップ2
《ネタバレ》 久しぶりに観直してみましたが、以前の悪印象はなんだったのかなと思うほど水準をクリアした続編だなと感じました。もっともこれは、当時続けて観た『3』があまりに酷かったので記憶が引きずられたのかもしれません(笑)。第一作の主要スタッフが抜けてしまったので脚本を書いたのが原作者のフランク・ミラー、この人はヴァーホーベンに負けず劣らずの悪趣味大魔王なのでなんかすごい映画になってしまった感もあります。第一作のグロ要素は傷を負ったりする場面の人体破壊がメインでしたが、本作ではケインのロボコップ化手術の見せ方など、なんか「この見せ方って必要?」と首を傾げたくなるシーンが多かった気がします。パロディCMの挿入などヴァーホーベンを意識した脚本にしたからかもしれませんが、これはいま話題の90年代鬼畜系カルチャーの反映だったのかな。 舞台となるデトロイトがオムニ社と合併を迫られる惨状は、製作後に現実のものとなり20年後には財政破綻に追い込まれる未来を予言している感があります。つまり、荒唐無稽なようでいてシャレにならないストーリーなわけです。ダン・オハーリヒーをはじめオムニ社の面々の悪逆非道ぶりがスケールアップしているのも注目したいところです。前作のラストでは瀕死の重傷だったナンシー・アレンが、すました顔して活躍するのには苦笑でした。ヴァーホーベンが引き続き監督していれば、たぶんナンシー・アレンもロボコップ化したストーリーになってたんじゃないかな。そしてピーター・ウェラーはロボコップの顔面(それも数少ないマスクを外したカット)だけの出演となり、これじゃあ嫌気がさして第三作に出演しなかったのは理解できますよ。 ハリウッド時代のヴァーホーベンの代表作のうち『トータル・リコール』以外の三作(『ロボコップ』『氷の微笑』『スターシップ・トゥルーパーズ』)は続編が製作されるかシリーズ化されましたが、いずれにも彼は参加していない(というかお呼びがかからなかった?)のは興味深いところです。そこはジェームズ・キャメロンやリドリー・スコットとは大違い、彼らと違ってヴァーホーベンが商売下手だったのは否定できないでしょう。その分、これらの代表作は一作一作がパワーに満ちているので、私は好きです。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2021-08-12 21:43:13) |
400. ファミリービジネス
《ネタバレ》 大して年齢は変わらないし風貌も似ている要素は皆無だけど、さすが二大名優、こうやって丁寧に演技されるとちゃんと血が繋がっているように見えるんですよね、ショーン・コネリーとダスティン・ホフマンは。祖父がスコットランド人でシチリア系と結婚し、その息子がユダヤ系と結婚して妻の両親と過ぎ越しの祭りを祝うという風景は、NYではいかにもありそうな感じがしていいですね。葬儀ではアイルランド系が集まって“ダニーボーイ”を合唱するし、人種の坩堝と呼ばれる街ならではの風景です。でも肝心のストーリー展開が盛り上がらないんじゃ、どうしようもないかなと思いました。監督したのは名匠シドニー・ルメットなんですけど、彼に期待を寄せた人には肩透かしを喰らった感が強かったでしょうね。彼が撮ったクライム系の作品は、すべて犯罪は失敗して報いを受けるという結末なのが特徴。そういう意味ではモラリストだったんでしょうけど、そんなルメットにクライム・コメディ調の作品を撮らせたってのは、やはり失敗だったかなと思います。肝心の盗みのシークエンスが、隠されていた裏事情を含めて奇妙なほどに盛り上がらない。いくら親子三代の絆がメインテーマだよと言われても、“盗み”でワクワクさせてくれなきゃあかんですよ。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2021-08-09 22:44:41) |