1. 我等の生涯の最良の年
《ネタバレ》 素晴らしい脚本に素晴らしい監督による演出。勝利の方程式の王道のような映画。内容は戦後の帰還兵の社会復帰の困難な状況を描いた決して甘ったるくない題材だが、戦後一年でこのテーマをこれだけ前向きにエンターテイメントにしてしまう昔のハリウッドのすごさ。一切外連味のない正攻法な演出による教科書のような作品。3時間近い内容だが全く長さを感じず、昨今の安っぽいチンケな感動を煽る邦画とは違う静かな感動を心に響かせる豊饒な作品です。映像による心情表現の積み重ね=ドラマが映画の欠くべからざる一つの軸として挙げられるが、この点ではワイラーを超えた者はまだいないんじゃないか。みな変化球に逃げるしかない後世の者の悲惨さは同情に値する。 [インターネット(字幕)] 9点(2022-01-20 20:29:02) |
2. ウルフ・オブ・ウォールストリート
《ネタバレ》 脚本が素晴らしい。ダレることなく一気に見ることができた。スコセッシは歳を取ってもまだどんどんうまくなっているように感じる。 「ディパーテッド」よりこっちの方が圧倒的に完成度が高いし、単純に面白かった。この後全くテイストの違う「沈黙」も撮っているし。本人も70過ぎても撮るごとに進化していることに充足を感じているのでは?皆さんが言っているように己の欲望に忠実に邁進している人物たちをなんのためらいもなく真っ直ぐに描いているので、本当に清々しい。ただ、ウォール街の人間って本当にあんなにラリッてるの?というのが率直な疑問。個人的にはトンでいるのに必死にカウンタックを運転して家に帰るのがリアリティーがあって面白かった。あれは実話か脚色か?ちょっと思ったのは、この人間の下世話な欲望を余すことなく描いている感じが私淑している今村昌平っぽさを今回は出したかったのかなぁと。 [インターネット(字幕)] 9点(2021-08-28 22:00:38) |
3. リトル・チルドレン
《ネタバレ》 登場人物の設定、話の展開などすべてがリアリティかつ緻密にできていて完璧。唯一の傷は最後ブラッドが駆け落ちの待ち合わせ場所に急ぐのにスケボーををやるくだりくらい。でも、本当あれなんで?現代人の闇、苦悩、葛藤、自己中で未成熟な幼児性など今のドラマではよく取り上げられるいわばありふれた素材だが2時間の映画作品でこれだけ群像劇的に描いて嘘臭くなく飽きさせずに描いたのはちょっとないんじゃないかな。監督が神の視点で一人一人を冷ややかに見る皮肉な感じも痺れて非常に好み。題名からも嫌味でリトル・チルドレンって言って集約させているくらいだし。設定のうまさは限りなく挙げられるけど、ラリーがロニーを攻撃するのも少年の誤射からPTSDで警察を退職せざるを得なくなり、仕事に誇りを持っていたゆえにその発露の場を求めてのこととか。そのロニーの母親がお前は人のことを言えるのかと逆にラリーに切り返すブーメランとか。ロニーのデート相手の女性の設定もいかにもそんな人じゃないと広告見て応募しないよなという感じだし。細かいところでいえば、ブラッドがサラの自分に対する恋慕に気づく瞬間やキャシーが二人の関係に気づく会話等々数を挙げればきりがないくらい実に芸が細かい。磨き上げれた碧玉のような作品だ。ケイト・ウィンスレットつながりでもないがレボリューショナリー・ロードも似たテイストだが、あちらの方がもっと生真面目で熱量があり、ある意味映画的でもあるが、こちらのほうは文学的でかつ話に広がりもあり、より完成度が高く感じられた(原作があった)。このサイトでは非常にunderestimateだけど。 [インターネット(字幕)] 9点(2021-08-10 23:57:28) |
4. ペパーミント・キャンディー
《ネタバレ》 簡単に言えば青年時代花を愛し、それを撮っていきたいと願っていた工場労働者の繊細な男が軍隊にいき、その後警察で思想犯の取り締まりで拷問に励んだ後脱サラし、好況の波に乗って実業家として成功するも共同経営者の裏切りに遭い、没落し、最後その繊細だった頃の自分を懐かしみ命を絶つというある男の半生のお話。これだけ聞けば陳腐なドラマでしかないが、描かれる物語はキム・ヨンホという主人公個別の人生を深く描くことで世界的にも評価される名作となった。いつもながら思うのはイ・チャンドンの描くドラマはなぜ心を撃つのか考えるがやはり彼がキリスト教の「アガペー」を理解しているからではないかと個人的には思う。日本語は「愛」一語しかないので定義がバラバラで、安っぽい書家やタレントその他有象無象のそれに関する名言がありがたく消費されている状況だが、かの地ではしっかり3段階に分かれて理解されているので今後そういう安っぽい発言をする人はこの定義を当ててみてどのレベルの人間か判断するとよいでしょう。1「エロス」情欲の愛。ストーカーとか。2「フィリオ」友愛。日本でもある政治家が盛んに言っていたが自然に湧き上がる愛情。親子愛、兄弟愛とか。3「アガペー」自ら選択した愛。無償の愛。キリストが愛であるといっているのはこのこと。ひょっとしたら主人公は初恋の人ユン・スニムと除隊後愛を育むことができたかもしれない。だが、暴動制圧の任務途中に誤って無辜の女子高生を撃って殺してしまった。おそらく彼はそのことで罪悪感を持ち、ユン・スニムと一緒になって幸せになることを自ら禁じ、贖罪のために警察に奉職し、反体制派の取り締まりに邁進していく。しかしその裏で心の奥底には空虚さが巣食っており、過激な拷問をするごとに彼本来の姿から遠ざかっていったのだろう。彼を愛してくれる妻に対しても根源的な彼の心の渇きを癒されることはなく、悲しいことに彼女に対して誠実に愛することができない。拷問に明け暮れても何ら自分を救えない彼は今度は富によって自分を満たそうとするが、結局は妻も見返りのない愛に嫌気がさし浮気をし、また彼自身でも空虚かエロスかそれはわからないが女子事務員と不貞をし、最後はビジネスパートナーに裏切られて富も家庭もすべてを失う。 キリスト教では罪深い人間は仮にアガペーを目指しても、結局はエロスか良くてフィリオにとどまるということになっている。彼も今際の際のユン・スニムの枕元に呼ばれて彼の本当に戻るべき場所・本来の自分を思い出し、ユン・スニムとのピクニックの時にもう一度戻れるのならという慙愧の念がラストシーンの泪とファーストシーンの泪とリンクする。このシーンに収斂するために時系列を逆行させているのだ。もちろん各断章ごとに次の章に続く情報をリレーさせることで、観客の集中を引き付ける仕組みもあるが、やはり冒頭とラストのリンクが最大の目的なのだろう。決してイキった演出ではない。必然なものだ。光州事件という監督個人の思いも当然込められてはいるが、その知識がないとしても十分ある男の普遍的で哀切で痛切な物語になっている。 [インターネット(字幕)] 9点(2021-01-25 16:53:36)(良:1票) |
5. クリムゾン・タイド
《ネタバレ》 冒頭から最後まで無駄な場面がなく一本の映画を撮り切った感がある作品です。タランティーノの脚本とトニー・スコットの演出は相性がいいのかも。たたき上げの上司とエリート部下の葛藤という昔ながらのフォームを使いながら潜水艦内の活動をしっかりリアリティを追及して描き、核戦争を引き起こすかもしれないという緊迫した事態の中で艦長派と副艦長派という周りの部下の人間関係もしっかり絡めて狭い空間内の権力闘争というドラマを見せて飽きさせません。一番感心したのは最後の査問委員会以降のやり取りですね。上層部は艦長に対してかなりシンパシーを抱いているが、当然組織としては今回の艦内の擾乱は到底見過ごすことはできない。しかし、彼らは結果は出したのでどう処分すべきか悩むところだが、今回の件で艦長自らの引き際を理解し引退を申し出、さらに副艦長に後を譲るという提案を容認し、そう決定を下した。登場人物の感情の流れと物語上の軍規違反の裁定が見事にシンクロしているエンディングはまさに体操競技での着地も決まり満点という感じ。ただ一つリアルじゃないのは潜水艦に犬は絶対ないだろう・・ただそれだけ。 [地上波(吹替)] 9点(2020-11-08 23:06:30)(良:1票) |
6. オアシス
《ネタバレ》 この映画が素晴らしいのは主演二人が美男美女ではなく、華のない(見た目の話ね)二人で撮っていること。邦画でもハリウッドでもこういうキャスティングはしない。その結果入り口でがっちり監督の世界観に没入することができる。互いに阻害された者同士の愛の話と抽象することはできるが、脚本が濃厚かつ精緻だからから、そんな一言で終わらせられないほど、言葉を費やせずにはいられない作品だ。ジョンドゥがコンジュを犯そうとしたのにそこから恋愛に発展させるのも彼が花束を贈ったことから自分を性のはけ口としてみたのではなく、一人の女性と見たのでは?と思うことができたからこそのリアリティが担保され、彼がその後はしっかりと体を求めず異性として自分とデートをしたことで、二人の関係性の進展に何の違和感もなく見ることができた。また、彼が発達障害であろうという設定もよく効いている。そして、なぜジョンドゥの家族が彼を切らないのかという疑問も後半にちゃんと種明かしもし、ここでもしっかりとリアリティを担保している。ある意味ハンディキャップを負った男女二人の純愛という安直になりそうな話をこうまで腹に深く響かせられるのは、それぞれの登場人物の自己中をうまく共鳴させることで、その結果としてドラマが生まれ、悲恋となるという作品世界を作り出せるイ・チャンドンの人間理解が優れているからだ。この映画で一番心を抉られたシーンは最後警察署で調書を取る前に刑事が言った「あんな子を(犯すとは)人間として理解できないね」ということでコンジュの尊厳を踏みにじり、周囲の人間のエゴに搾取されまくり、自分が差別により健常者と同じように愛する男と性愛すらできないこの現実世界に苛立ち、車いすを自ら暴走させ自傷しようとする場面だ。コンジュのみがこの映画の登場人物のなかで唯一自己中に生きられない一番の被害者であるからより胸に響いた。エンディングで一筋の希望を見せるのもイ・チャンドンのスタイルだし、彼の弱者に対するまなざしだろう。それにしてもこの女優の演技は本当にすごい。初めの方から観ていて目のいき方なんかを見ていたらひょっとして本物?と思ったほどだ。レインマンのダスティン・ホフマンよりもうまいと思う。あと、インド人と象のシーンだけはどうしても安っぽく、そこだけは唯一興ざめしてしまいました。ごめんなさい。 [インターネット(吹替)] 9点(2020-10-24 23:37:38)(良:1票) |
7. わたしは、ダニエル・ブレイク
《ネタバレ》 ケン・ローチ円熟の技。社会派だけどいわゆる彼が「社会派」監督で終わらないのはちゃんと告発だけでなくドラマを撮っているから。英国の福祉制度をリアルに描いているし、役人も機械的な人もいれば人情を持った人もいることをちゃんと等しく描いている。声高に告発をしているだけでなくリアルさを徹底しているからより凄みを増す。そしてこの映画が素晴らしいのは、ダニエルとケイティ家族の交流をしっかりと描いているから。出会いから別れまでも全く自然だし、隣人の黒人青年とかの交流もリアルだし。悲惨な中で弱者同士が互いに助け合うやさしさ、心の温かさ。それと社会制度の冷酷さの対比がよりドラマ性と告発性を相互に際立ださせる構造になっている。今の日本人監督には力量的に正面切ってリアルとドラマを共存させたこういう映画は絶対撮れないと思う。人間が幼稚だから多分ファンタジーに逃げてしまうだろう。一番笑った好きな場面はダニエルが役所の壁にスプレーで落書きをしたのを誉めたおじさんの発言のところ。ああいう市井のイギリス人もマジでいそう。あと見ていて一つ思ったのは日本の行政は英国よりも優しいなということ。デジタル弱者をバッサリ切り捨てずに紙での申請をいまだに認めているからね。だからマイナンバーカードが普及しないのよね。 [地上波(字幕)] 9点(2020-09-19 21:50:28) |
8. シークレット・サンシャイン
《ネタバレ》 こういう映画って日本では少なく見積もっても平成以降絶対作られてないだろうと思う。創唱宗教が根付かないから、監督たちにこういう映画を撮る力もないし、そもそもモチベーションすらも湧かないだろうし。でも、別に制作サイドの問題じゃななくて受け手のレベルも低いから「○○劇場版」がしっかり産業になってしまう状況ゆえこういう映画を受け止める土壌がない。日本のエンタメレベルの低さの悲しさ。他のレビュアーさんが言っているように宗教による自縄自縛というか救いを求めたがゆえにそれ自身に傷つけられるという形而上の問いをテーマにしている。こんなテーマにしびれる日本人はまずいないとしても、導入部分はもっとテンポよくできたのではという他の方の意見に賛成。子供が殺されてからドライブがかかっていく感じだが、これも他の方が言っていたけどエンディングがちょっと肩透かしを食った感じ。このストーリー進行でどうやって最後終わらすかというのは確かに結構難しいと思う。ラストショットの象徴の提示の仕方ももう少し丁寧にした方がよかったような気がする。主人公の容姿の程度といい、都会からやってきて、無意識に地元の人を見下している描写などリアリティをしっかり追及していて非常に良かった。ベルイマンとかだとただひたすらテーマに関する問答を延々進めていく息苦しさにあふれるんだろうけど、この映画はソン・ガンホという狂言回し、ある意味主人公を見守るキリストの象徴を配置しているので、ひたすら哲学でなく、生活の中の宗教という形で描いていて疲れながら見続けるということはなかった。北欧とアジアの民族性の違いか?トータルで見ると技術的にちょっと残念なところもあるので、評価8.8点のところを繰り上げで9点にしました。 [インターネット(字幕)] 9点(2020-08-16 18:33:38) |
9. 恋人たちの予感
《ネタバレ》 ロマンチックコメディなのは確かだけど、自分としては都会に住むスノッブの孤独な男と女の姿を抉っていて素晴らしい脚本だと思った。これがもっと皮肉な視点を強調するとまた違った映画になっていたと思うけど、たぶんそれだとこんなにはヒットしないでしょう。さすがにハリウッドの人間たちは商売がよくわかっている。実際ハリーにほんとに似た知り合いがいて、ああいう知的で皮肉屋で小児的な部分が多少残っている彼の姿が目に浮かんで、映画を見ている間自分としてはいたたまれなくなった。ただ、ハリーの方がもっと素直で、結果幸せになったけど。一方サリーの方はジョーが結婚すると聞いてひどく自分のプライドが傷つけられ、大騒ぎするなど自分は男だけど30過ぎたスノッブなプライド高い独身女性の心情もなんかリアリティがあって理解できた。その後の一夜を共にして逃げたハリーをなかなか許せないところなども。バブル世代のおっさんから偉そうに今後婚期がどんどん伸びていくであろう若い男女(大学生くらい)にアドバイスとして言わせてもらえば、それぞれ異性の機微を理解する参考書としてなかなか優れた映画だと思う。「機微」とか死語?分かるかな~? [地上波(字幕)] 9点(2020-06-13 22:18:39) |
10. TAR/ター
《ネタバレ》 寡作の映画監督トッド・フィールドの待望の最新作。オープニングショットのスマホのチャット画面の意味が最初見たときは全く分からなかった。が、それでも映画全体を理解するのに大きな障害にはならなかったが、わかっていればもっと味わいも増したのにと悔やまれる感じ。全体的に説明を省く描き方で作品のナラティブを引き締めてそれはそれでいいのだが、要所要所頭をフル回転させないとついていけないように感じられた(単に自分の理解力が弱いだけかもしれないが)。最初のターの芸術談義のシーンは見る人が見れば長すぎと感じるだろうが、私は主人公のキャラクターを提示するためとギリ我慢できた。でも、あと30秒続いていたらアウトだったろう。一番不満だったのはターが夜寝室で異変を感じるシーン。あれを監督はどの程度の意味付けで撮っていたのだろうか?良心の呵責からくる心理的な不安を描いたものなのか?私自身はサスペンスとは思って観ていなかったが、もし仮にそっちの方で意図しているのであれば、回収が必要だったろうと思われる強度を持った中途半端な描写であった。それ以外は後半パワハラを告発され、もがくターの姿を描き、お話にドライブがかかってきても冷徹な視点を保持しているのはさすがトッド・フィールド。相変わらずの格調高さでターの転落人生を十分堪能できました。前作に続きここでのレビューの点数が低いのも見終わってみれば、なるほど最初のインタビュー場面をもう少し刈り込んでもよかったかなぁとは思われるところではある。でも、私としてはエンディングのシニカルな終わり方を含めトッド・フィールド印の作品としてアカデミー賞6部門ノミネートという正当な評価もされており、まぁ、概ね満足のいく作品でありました。 [インターネット(字幕)] 8点(2024-03-20 21:32:09) |
11. バーン・アフター・リーディング
《ネタバレ》 やっと自分がイメージするレベルのコーエン兄弟のブラックコメディに出会えたという印象です。正直言って今まで見てきた彼らのコメディー系の作品は自分にとってはどれも不満足で、「赤ちゃん泥棒」を撮ったあなた達ならもっとできるはず、とずーっと思っていました(ていうか結構失礼な話。デビュー作から結果出してないと言っているようなもんだもん)。今作ではキレッキレのブラックさが炸裂でアメリカ社会の俗人たちをカリカチュアして笑い飛ばし、その加減が私にはちょうどいいくらいに下世話で大満足でした。リンダの男漁りと美容整形の異常な執着ぶりとか、不倫もし、大人の玩具を自作するハリーの過剰な性欲、チャドの筋肉バカぶり、なぜかロシア正教を棄教し資本主義に隷属しているテッド、夫を見限っているのにその相手がエロしか目がないハリーだというインテリのケイティ、ケイティが裏切っているのも気づかず職場でアル中認定を受けているのに自分は正常だと信じているオズボーンという具合にすべての登場人物を愚かしく嘲笑う脚本、最高ですね。特に私が一番しびれたシーンはリンダが出会い系で一晩ともにし金まで盗られ、振られたさえない中年男性が最後の方でハリーと仲良く歩いているところを羨まし気に見ているかと思いきや、ちゃっかりまた別の女性としけ込むという意地悪な視点。コーエンさん、えげつなくてイイですよ。そしてユダヤ教信者(?)故設けた神の視点をCIA上層部が担い、最後に厳かに(?)彼らがすべてを処理して終えるという完璧な構成。導入と最後が人工衛星を使い空から地上をズームインし、エンディングは対象をズームアウトして閉じる神の視点のメタファーを用いる芸の細かさ。大いに堪能させていただきました。 [インターネット(字幕)] 8点(2023-12-23 22:23:19) |
12. 息もできない
《ネタバレ》 多部未華子にそっくりなキム・コッピのキャスティングがばっちりはまっている。多部よりも線が太く勝ち気で意志が強く母性も強いヨニの役をしっかりと演じている。暴力シーンがこれでもかというぐらい溢れているが不思議と過剰だとは感じられない。オールドボーイとかの方がむしろ狙った感が透けて見える。設定としてはよくある優等生女子と不良男子の恋愛ものカテゴリーにもみえるが、この映画の独自性は暴力性ではなくむしろ「家族」という人間関係にこだわっている点だと思う。父の虐待により家族が解体し、母も亡くし彼を憎悪し、家族というものを忌避するようになったサンフン。しかし腹違いの姉の息子ヒョンインを不器用な表現でかわいがり、やはり家族を希求しているサンフン。一方ヨニの家族も母は既に亡く、父親は呆けており、兄もグレて金の無心しかしない状態で完全に崩壊している。彼女も孤独であり、家族のぬくもりを求めている。物語が進むうちにサンフン、ヨニ、ヒョンインの3人の疑似家族が醸成されていく。そしてサンフンが変化するのは父親を殺そうとしたのにすでに自殺を試みていた彼を見つけ、必死で救おうと病院に担ぎ込み輸血までする。自分の中にあれだけ遠ざけようとしていた拭い難い家族への愛情をはっきりと確信したのだろう。そして夜河原でサンフンがヨニに膝枕をお願いするシーンは互いの心境の変化と心情の接近が非常に過不足なく甘ったるくもなく抒情的に描かれたいいシーンだと思う。サンフン亡き後のマンシクも含めたヨニ、姉、ヒョンインの疑似家族的な温かい交流シーンが描かれるが、そのあとすぐにそれをを打ち消すかのようなシビアなラストシーンはヨニにとっては救いがない残酷なシーンでこれも監督の甘ったるくしないぞという意思が感じられなかなか良いと思った。そういう意味ではこの作品は人間の残酷さと愛情深さという両極の要素のバランス配合が非常に優れた良い作品だと思う。 [インターネット(字幕)] 8点(2021-09-19 00:09:23) |
13. 冬の小鳥
《ネタバレ》 やっと見ることができた。個人的に孤児院の話は好きで、場自体が悲哀を孕み、濃密な人間ドラマを生みやすい環境でもある。映画ではないが井上ひさし「41番の少年」や吉本直志郎「青葉学園物語」シリーズなど胸を締め付けられる哀切さがある。さて念願のこの映画。皆が言うようにキム・セロンの演技が素晴らしい。彼女の表情がこの映画の主旋律であろう。自分が捨てられたという事実がどうしても受け入れられないジニ。そこに友人としてスッキとの交流が徐々に芽生え、少しだけ彼女の心に落ち着きが生まれる。スッキのような野心的な子も現実にはいるだろう。また先輩イェシンのように悲しいエピソードも彼女の中で思い通りにいかない人生への苛立ちを醸成させる一助にはなっていたことだろう。イェシンが去った後の寮母がやりきれない怒りの表情で布団をたたくシーンなど、この施設での悲哀が十分少女の胸に伝播したことだろう。結局ジニが遠い異国のフランスに行く決意をしたのも友人スッキの影響があったからだと思う。彼女が去った後再び現実を受け止められなくなり、自分で自分を埋葬しようとするもできない。現実を見るしかない。どうせ養子となるなら、いっそ父親を思い出さないよう国内ではなく、海外へと吹っ切ろうとする心の動きも理解できる。最後の父親との自転車二人乗りの回想シーンから空港で里親に出会う流れは本当に静かな感動を生む。自伝的な映画なのでリアリティに満ちているのは当然だが、一つ気づいたのはこの施設女児専用なんだなと。これが男女両方の施設だともっと猥雑なお話になる可能性もあったと思う。実際の彼女がどうだったかはわからないがただ、女児専用の施設という設定でストーリーに一定の清潔さが担保されていると思う。少年との恋愛なども描くと盛りだくさんになるし、主題がぼやける可能性もあるから、これはこの設定(実際どおり?)でよかったと思う。 [インターネット(字幕)] 8点(2021-08-14 23:00:15) |
14. 女神の見えざる手
《ネタバレ》 すごく面白かった。ストーリ展開にしっかり起伏をつけていて、一切ダレることなく見ることができた。主人公の目的のためには手段を選ばない非情さを存分に描いているが、特に事務所の同僚が銃殺されかけて仲違いさせるのとそのやり方の蹉跌も描くことで最後のドンデン返しを活かすプロットは見事。「ロボ・ローチ」はホンマかいなって突っ込みたくなるけど、まぁいいでしょう。決して万人受けするテーマではないけど、ハウス・オブ・カードを楽しめる人にはお勧めできます。あと男娼が法廷で偽証するのも主人公のパワーを無理なく感じさせて、なんかリアリティがあってよかった。 [インターネット(字幕)] 8点(2021-02-20 22:32:58) |
15. サブウェイ123 激突
《ネタバレ》 ずいぶん点数が低い・・。みんな「スピード」みたいなアクション映画じゃないと納得しないのかしら・・。「スパイ・ゲーム」がイーサン・ハント張りのアクションがないからといって点数が低いように。このレビューで納得いかないトニー・スコット低評価作品がまた一つ増えた。これ結構レベルの高い脚本だと思う。証券マンがあそこまでハイジャックできるかというのとデンゼルが最後車を奪ってカーチェイスをするのはちょっとご都合主義だけど、それ以外は非常に丁寧に作られた交渉劇ものだと思う。冒頭の指令室のガーバーと周囲の会話で彼が胆力のあるひとかどの人物であることがちゃんと読み取れた。そのあとライダーとの会話で彼がたたき上げの優秀な人物であることをちゃんと回収し、のちに地下鉄を運転させる伏線も張っている。交渉担当刑事が彼にコーチをして速成の交渉人に仕立て上げるのも彼の人物設定がちゃんと効いているので、違和感はない。ガーバーとライダーの関係性も非常にユニークかつリアリティをもって物語の主軸を作っている。あと感心したのは市長の人物造形。本当にああいう市長はいそう。また、ヘリコプターに乗る前にカミさんに今生の別れになるかもしれない電話をあえて感動的にせず、牛乳を買ってくるのよと言うああいいう終わらせ方もガーバーの人物設定を生かしつつ、非常にリアリティがあって見過ごしがちなちょっとした場面だけど感動した。ライダーの妙にカソリック的な敬虔さと、拝金主義の証券マンという2面性も実に人間的で、すべてにおいてこの映画の登場人物ってリアリティかつ魅力的に描かれていて、地味で派手なアクションはないけど満足度の高い素晴らしい娯楽作品です。 [地上波(字幕)] 8点(2021-01-23 22:04:14) |
16. クロッシング(2009)
《ネタバレ》 前のレビューアーさんが言ってたようにタイトルがよくない。本当おせっかいだと思う。ただ脚本は素晴らしい。3人の警官の群像劇の描き方のバランスもちょうどよく、それぞれの人生の悲哀もリアルに描かれている。イーサン・ホークは同僚警官を絡ませることでより生活苦のもがきを描写しているし、ドン・チードルも麻薬組織のボスとの友情と上昇志向のFBI女上司との確執も交え、彼の苦悩と仁義がしっかり響いてくる。リチャード・ギアだけ、前の二人に比べるとエピソードが薄いという意見もあるが、これはあえて大過なく定年まで過ごす老年警官を置くことで、くどくならないよう全体のバランスをとっているのだと思う。ちゃんとエンディングも彼のパートで終わらせている配分の良さ。すべてにおいてバランスが良い。最後に事なかれ主義で警官人生を送ってきたのに退職と同時に正義感を出すというストーリー展開も抵抗なく受け取れた。ひいきにしている娼婦に定年後一緒に暮らさないかといって、体よくフラれるのも初老の孤独な男の人生の苦み炸裂で素晴らしい。アメリカの警察のリアルを背景に(もしそうだとすれば結構すごい)3者3様の人生模様を描いた救いのないドラマ。踊る何とかの製作陣はこの映画を見たとき恥ずかしさを感じなければいけないと思う。個人的にはドン・チードルの演技が一番良かった。 [地上波(吹替)] 8点(2021-01-16 22:13:17)(良:1票) |
17. ボーダーライン(2015)
《ネタバレ》 リアル一辺倒で大変すばらしかった。リアルでなかったのはエミリー・ブラントが捜査官の割には華奢すぎるのとデル・トロが一人で宿敵のボスのところにたどり着けるのがちょっとご都合主義かなというところぐらい。この作戦の全貌もすごいといえばすごい。毒をもって毒を制す。コロンビアの組織とアレハンドロという毒を使用してコントロールできる毒で麻薬組織を支配するアメリカの覇権主義。途中でワクチンの例えも使っているし。脚本のテイラー・シェリダンはそういう自国の汚さを告発しているのかも。「ウインド・リバー」を撮っているぐらいだから。それにしてもデル・トロとジョシュ・ブローリンはしっかりハマっていました。その中でもやっぱりデル・トロの存在感は光っていましたね。役柄もおいしいいい役だしね。それにしても麻薬組織っていうのは映画の題材にどれだけ貢献しているのやら・・。悲しい事実だけど。 [インターネット(字幕)] 8点(2020-11-28 22:22:59) |
18. ウインド・リバー
《ネタバレ》 雪に閉ざされた先住民居住地の諦念と絶望ぶりがよく描かれています。実話か設定かはわかりませんが主人公が先住民女性と結婚し、娘が同様の悲劇に遭っているというのもリアリティがあります。FBI捜査官を外界の視点、異文化の顕在化として機能させ、かつバディとして事件に絡んでいくのも映画の王道です。最初から最後のヤマ場の銃撃戦、主犯の死亡までも変に盛り上げず淡々と描く一定のナラティブも雪山というロケーションと合致し、非常に引き締まっていて好感が持てます。テーマの先住民女性に対するレイプ被害の告発とサスペンスが程よく調和し、アメリカの陰の現実描写とエンターテイメントを両立させたいい映画だと思います。 [インターネット(字幕)] 8点(2020-11-23 22:10:29) |
19. モリーズ・ゲーム
《ネタバレ》 実話ベースということであまり盛り上がりはないのもしようがないかなと途中までは見ていました。ナラティブは手堅く、ダレずに見ていられたので7点くらいかなと思っていましたが、なんと、アイススケート場以降のシーンで予想を裏切れましたね。実は親子の確執と和解をサブテーマとしていたとは。そこから一挙に伏線を回収するという超圧縮展開。弁護士が主人公の弁護を引き受けた理由とさらにもう一つの父と娘の確執をそこでさらにサラッと描く。うーん、やるなぁ。そしてドンデン返しとハッピーエンド?と最後のシーンもまた、しっかり伏線回収と回想がシンクロしているという高度なテクニック。素晴らしい脚本です。というか監督がもともと「ア・フュー・グッドメン」の脚本家だったから当たり前か。こんなに見ている間と見終わった後の評価がガラッと変わった映画は初めて。すごい得した気分。 [インターネット(字幕)] 8点(2020-09-26 22:32:06) |
20. バーニング 劇場版
《ネタバレ》 うーん、一言いえるのは前の方も言っていたように村上春樹の小説を借りずにイ・チャンドン独自の世界観の作品を見たかったなというのに尽きるかな。やっぱりスケールが小さくなってるんですよね。そもそも元ネタも短編で謎を謎のままで放り出してるような作品だし。もちろん映画のクオリティは高いし、あの小説をここまで昇華しているのはさすがですし、ただイ・チャンドン基準で考えると・・物足りない。元ネタを借りて韓国の格差社会を若者の失恋・蹉跌・嫉妬を通して詩情豊かにそれこそ元ネタよりも文学的に描いている。並みの監督基準からみれば文句なく5ツ星ですよ。「パラサイト」が盛り盛りにブラックコメディ的に格差社会を描いたのと対照的だけどね。でも、イ・チャンドン基準だとね・・・。はぁ~残念。 [インターネット(字幕)] 8点(2020-09-22 22:16:25) |