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1.  牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件(188分版) 《ネタバレ》 
幸運なことに、最初の公開後しばらくして名画座で鑑賞しました。ただ、まだ若かった私は、まだこの映画のよさを十分に堪能できず、まったりした退屈な映画という印象でした。で、昨年のリマスター版再公開後、久々に再見。本当は映画館で観たかったが時間がとれず、結局は真っ暗にした部屋で大画面テレビで鑑賞。今回は、全く違った経験でした。国際政治に翻弄される戦後台湾の時代背景、外省人という主人公家族の立場、先が見えない大人の世界の不安さを体現した学校内の人間関係など、退屈だと思った画面の数々が濃厚な緊張関係に包まれていて、4時間の長尺なのにまったくダレることはない。台詞などでは明示されないけれど、日本刀や写真が描く日本植民地支配の名残り、反中国共産党の名のもとの過剰なまでの抑圧、プレスリーと音楽が体現する「自由の国」への憧れ(でもその「自由の国」がその後、この国を追い詰めるわけだが)など、なんてことない不良少年たちとその家族の日常にちりばめた時代の痕跡が、この映画が描く「歴史」を雄弁に物語る。視覚的にもとにかく凝った構図が満載で、暗闇から突然現れる光とそこに照らされる限定された世界が、この映画が描く社会そのものを象徴しているかのよう。技術的なことはよくわからないけど、冒頭の教師と父親の会話シーンから、背景と人物の配置が印象的な場面が続き、映画が持つ手法をこれでもかと詰め込まれている。そして、そこに描かれる青春の淡い物語は、実はとってもビター。あのブラスバンドの演奏のさなかの告白シーンなんて、おっさんの涙とノスタルジーを誘うには十分過ぎるのに、その後の展開は、問題だらけの時代と家族を懸命に生きようとする主人公をどこまでも打ちのめす。でも、本作の魅力は、単なるバッドエンドもので括れないところ。賛美歌を歌いながら涙する姉、リトルプレスリーからの手紙、「唯一の友」を失って涙するお坊ちゃんの姿からは、主人公が「生きた」証を感じることができる。そして、冒頭と同じ大学合格者の名前を淡々とラジオが読み上げるラストは、何も変わっていないのに、どうしようもないと思っていた世界も「変わる」のかもしれないという一抹の光のような、不思議な余韻を残してくれます。ぜひ1日休みができた日に、ゆっくりとこの「映画」そのものを体現したような作品を味わってほしいと思います。
[DVD(字幕)] 10点(2018-01-23 15:02:37)
2.  プライベート・ライアン 《ネタバレ》 
公開直後、初めて見た時の感想は、圧倒的な冒頭30分に「とんでもないものを作りやがった」と思いつつも、その後のライアン救出作戦の非合理にどうしてもついて行けず、ラストの星条旗の愛国主義っぷりに辟易したという思いで(あと、いつもよりも冴えないジョン・ウィリアムズの音楽と共に)、いい印象を持たないまま一度も再見せず20年近く経っていました。ところが昨日『ダンケルク』を見て、その「ヌルい」感じが引っかかって、この映画を思い出し、冒頭30分だけでもと思って再見したところ、あれよあれよとハマってしまい、最後まで見てしまいました。このドラマ、やはりライアン救出作戦をどう解釈するかがポイントなんだと思うのですが、今回見て気づいて、ゾーっと恐ろしくなったのは、劇中、ライアン救出作戦は「広報ミッション(public relations mission)」だと説明されていること。ということは、この英雄譚は「宣伝(というかプロパガンダ)のために」用意されたことであり、トム・ハンクス扮するミラー中隊長もそのことをちゃんと理解しているのだ。このなんとも非合理な作戦の目的は、「母親に4人目の息子を送り帰す」ことで国内の士気と戦争への支持を保つこと、その1点なのである。イーストウッドが『父親たちの星条旗』で描いたプロパガンダと戦場の乖離というテーマを、この映画は戦場を舞台に描いて見せる。一見すれば、1人の無名兵士を救うために命をかける男たちの英雄物語でありながらも、その底辺には作戦そのものの空虚さと、その空虚を自認しながらもミッションを完遂しようとするミラーの「軍人」としてのあり方にどうにも複雑な思いを描く。だから、この映画に簡単に「感動」してしまってはダメだし(それじゃあプロパガンダと同じだ)、容易に「感動」できないようにスピルバーグはあえて作っているのだろう。ウィリアムズの音楽が冴えないのも、その両義性ゆえだ。彼の音楽は、こうゆう物語には明らかに合ってない。ラストにある色あせた星条旗の意味も、最初に感じた愛国主義なんかではなく、戦争で命を落とした多数の名も無き兵士たちへの鎮魂(彼らが守ろうとしたのは、ライアン家が象徴する無数の平凡な家族だった)と、それでも戦争を遂行する国家の非合理・不条理を象徴するものになる。スピルバーグの恐るべき傑作。
[ブルーレイ(字幕)] 10点(2018-01-13 17:55:53)(良:3票)
3.  クリード チャンプを継ぐ男 《ネタバレ》 
『フルートベール駅で』は2013年の個人的ベスト映画でした。そのクーグラー監督とマイケル・B・ジョーダンのタッグで、あのアポロの息子を描きます。『ロッキー』は個人的に映画にハマるきっかけになった作品なだけに、期待と不安の混じった状況で鑑賞。結果的には、これが大正解だったと思います。『フルートベール駅で』のたぐいまれな構成力や脚本のすばらしさはそのままに、でもちゃんと『ロッキー』的な「アガる」要素やドラマティックな演出もばっちり。見方によっては、『フルートベール』がそうであったように、新世代のブラック・ムービーにもなってて、そこは『ロッキー』シリーズとしては賛否分かれるところだと思うけど、この2人に賭けようとしたスタローンの懐の深さに、この不器用すぎる俳優のまた新しい魅力を見た気がします。恵まれていても「何か」を渇望しているアドニスのドラマは、『ロッキー』1作目とは違う現代的なテーマではあります。でも、根底にあるもの、自分自身が何者であるかを問い続けてきた1人の若者の物語であるという点では同じであったようにも思います。加えて、ドラマパートでの生きた台詞の数々(ただし字幕にはかなり不満あり)と斬新なカメラワークで構成されたボクシング・シーンも素晴らしい。あのダウン→走馬燈→最終ラウンドまでの流れは、もうドラマティックな演出、役者の演技、そしてなんと言っても音楽との奇跡的な相乗効果で、魂ごと持っていかれて、上映後しばし放心状態でした。公開日数も回数も少ないけど、映画館で見て本当に本当によかったと思える作品でした。
[映画館(字幕)] 10点(2016-01-16 00:16:03)
4.  マッドマックス 怒りのデス・ロード 《ネタバレ》 
傑作。文句なし。狂気の世界とアクションが、超緻密な構成を重ねた上で描かれます。演出も奇をてらったわけでもなく、結構正攻法なのに、最終的にできたものは誰も見たことがなかった映像世界。超シンプルなストーリーのなかで続くカーアクションのシークエンスは、もうアイデアの宝庫。砂漠という何もない場所なのに、その風景のすばらしい多様性(特に砂嵐と夜の星空は印象的)、そしてウォーボーイズとか、ハリネズミ車とか、ギター男とか、槍のヤツとか、ポールで攻撃してくるヤツとか、ホントに全く飽きることなく最後まで突っ走る。出てくる登場人物のキャラクターは、度重なるアクションのなかに見事に描きこまれてる。フュリオサのリーダーシップ、ニュークスの悲喜劇、セクシー姉ちゃんたちの変貌にも驚嘆するし、おばちゃん戦士たちの爽快感に癒される。対する敵側もゲスで憎めない。主人公が「輸血袋」な扱いなのは「・・・」ですが、狂言回し的な役目と考えればこれもアリか(ただ、輸血袋なりの見せ場がちゃんとあるのはさすが!)。前三部作も見ていて、正直そこまでハマらなかったのですが、今作はその予想を上回る出来だったと思います。このエネルギーにあふれた作品を、御年70歳のジョージ・ミラー監督が撮ったというのも凄いです。あえていえば、日本版エンディングテーマというやつ・・・。曲自体は悪くなかったけど、普通の2D字幕版であっても、やっぱりオリジナル版と同じものを見せてほしかった。
[映画館(字幕)] 10点(2015-07-03 16:28:37)
5.  それでも夜は明ける 《ネタバレ》 
昨年12月にアメリカ国内の映画館で見ました。小さな町の映画館でしたが、始まる前に映画館スタッフから「私たちにとってとても重要な作品です」という挨拶があり、上映。映画の内容は、原題どおりの、自由黒人から奴隷となった男性の12年間の奴隷生活を描きます。ドラマチックというよりも絵画的な映像が印象的ですが、つるし上げのシーンや最後のむち打ちのシーンなどでは「直視せよ」と言わんばかりの長回し。ラストで主人公は奴隷の身分から解放されますが、そんな彼を見つめるパッツィーをはじめとする他の奴隷たちの姿から、奴隷制という残酷な制度はその後もずっと続いていたのだということを痛感させ、何のカタルシスもありません。「それでも夜は明ける」という邦題からイメージするものに反して、この映画が描くのは、「希望」のような前向きな感情ですらなく、ただ「生きたい」とだけ願った、もっと原初的な欲求のようなものだと思います。見終わったあと、恐ろしいものを見たという気持ちだけが残りました。奴隷制はアメリカの歴史の暗部と言われますが、それが、醜いもの、酷いものであるということを最高の演技と映像技術でしっかりと描いた、もの凄い作品だと思います。オスカー作品賞受賞も納得です。
[映画館(字幕なし「原語」)] 10点(2014-03-05 09:06:34)
6.  用心棒
三船敏郎の魅力、個性的な脇役たち、電光石火の殺陣、効果的な音楽。ストーリー的には王道の娯楽映画ですが、個人的には、人物の立ち振る舞いから宿場町のセットまで、すべてが「美しい」映画という印象が残っています。余談ですが、60年代アメリカの学生運動のパンフレットに、『用心棒』の三船敏郎風のイラストが使われていたのを見たことがあります。この映画の美しさと力強さが世界共通であることを実感して、なんだかうれしくなりました。
[CS・衛星(邦画)] 10点(2009-02-13 23:30:50)
7.  ダークナイト(2008) 《ネタバレ》 
悪を通してヒーロー(正義)を描くというノーラン監督のねらいは見事に成し遂げられた。いわゆる「悪が勝つ」的な絶望系映画は他にもいろいろある。でも、この映画ですばらしいと思ったのは、ラストで既に幻想と化した「正義」を、それでも守るという選択である。たしかに「真の正義」なんていうものは存在しないかもしれない。けれども、「正義」の幻想が人を動かし、秩序をつくり出すということもちゃんと描かれている。もしかしたら、ゴッサム・シティの市民だって、そんなことにはとっくに気づいているかもしれない。そうだとしても、共同幻想として守っていこうという意志を映画から感じることができた。そうした人々の意志が、ジョーカーという「悪」によって成し遂げられたとするならば、この映画で描かれているのは、実は「正義の勝利」でもあるのだ。ジョーカーが存在する限り、決して「正義」が滅びることがない。「ダーク」なだけでなく、絶望と希望が表裏一体であることを描いたという意味で傑作と呼ぶにふさわしい。
[映画館(字幕なし「原語」)] 10点(2008-08-11 10:59:28)(良:1票)
8.  アニー・ホール
やっぱり、ウディ・アレンの映画といえば、これだな。よくも悪くも、彼らしさが詰まった作品。頭でっかちで、屁理屈屋で、それでいて寂しがりというアルビーのキャラは、やはりウディ・アレンだからこそ魅力的に見えるんだろうな。90分という短い時間にこれでもかと詰め込まれたエピソードと斬新な演出技法が脈絡がないかのように次々と出てきて楽しい。時間軸もぐちゃぐちゃの構成なのに、アルビーとアニー・ホールの出会いから別れまでという芯がしっかりしてるから、ちゃんと映画としてまとまってる。とはいっても、この映画のことをしたり顔であれこれ語るのも、映画館で映画論を(女性に)語る男と同じくらいみっともないのかもしれない。とにかく楽しみましょう。 
10点(2005-02-08 10:35:54)
9.  時計じかけのオレンジ
凄い映画ですねえ。まさに「悪夢」のような140分間。深夜にみたのですが、観賞後の寝つきも最悪でした。あまのじゃくなところがあるワタシは、10点つけてる人のあまりの多さに、ややシニカルな視線で映画をみたつもりでしたが・・・この映画は確かに10点の価値がある! レトロでチープな近未来感が醸し出す非現実感と背筋が凍りつくようなリアルな内容。映像と音楽のシャワーで人格改造されるアレックスの姿なんて、人ごととは思えないような薄ら寒さを感じました。人間から思考を奪う映像の力を映像作家として批判するキューブリックの倒錯的な試みに、やっぱり魅了されてしまうというパラドックスに、恐怖とともに妙な心地よさを感じてしまう・・。ああ、ぼくは何が言いたいのだろう。
10点(2004-11-20 11:10:10)
10.  シティ・オブ・ゴッド
すごい映画を見たなあというのが正直な感想。街を仲間とぶらついたり、ディスコで踊ったり、女の子とデートしたりという「フツー」の若者の青春と、当たり前のように同居する銃と暴力と麻薬。こんなテーマなのに、「ブラジルのスラムはこんなに悲惨なんです!」という啓蒙調ではなく、スタイリッシュかつユーモアまで絡めて描いた監督の力量に感服。エンターテインメントとして十分に楽しんだあと、胃の奥にどっしりと重いものを沈殿させる作品。新しいスタイルの「社会派」映画といえるかも。
10点(2004-03-28 10:50:08)
11.  羊たちの沈黙
公開当時に見ました。クラリス対レクター博士の対決が、真犯人そっちのけで展開するのが新鮮。この作品がもってる気品のようなものは、結局のところ凡百のフォロワーとは明らかに違ってた。僕も、一番好きなシーンは、クラリスとレクターの指が一瞬だけ触れあうところ。ものすごくドキドキした。この手の映画なのに、アカデミー主要部門独占したことにも驚いた。いろんな意味でエポックメーキングな作品。ちなみに、サイコスリラーだけど、どんでん返しはありません。同時期のサイコスリラーものは、みんな犯人は最初からわかってるものが多いです。そういう期待の仕方をしないで見る事をおすすめします。
10点(2004-03-19 12:07:57)
12.  クレイマー、クレイマー 《ネタバレ》 
フレンチトーストのシーンをはじめ、身近な一コマで登場人物の状況や心情を痛いほど伝えられるのはすばらしい。【2009年3月に再鑑賞】裁判で、結婚に失敗したのはおまえのせいかと責められるジョアンナになんとかメッセージを送ろうとするテッド、そしてラストシーンでジョアンナに投げかける一言。このとき、二人は、はじめて心を開いてちゃんと向き合ったんだと思う。はにかみながら笑ったジョアンナに、テッドの人間的な成長が伝わったのだと心から信じたい。
[CS・衛星(字幕)] 10点(2004-03-12 14:13:09)
13.  アマデウス
80年代の映画では最高傑作だと思ってます。中途半端に才能があるがゆえに秀才サリエリが感じてしまった不条理と苦悩、天才モーツァルトをも苦しめる「父」という呪縛、そして文句なしにすばらしい音楽と演奏シーン。いままで何回見たことか。もともとは舞台劇だったそうですが、まさに映画的魅力を詰め込んだ一本です。
10点(2004-03-12 13:55:04)
14.  シザーハンズ
「手がハサミ=好きな人を抱きしめられない」というセンチメンタリズムをベースに、ティム・バートンが作り出した「箱庭」のような郊外ミドルクラスのアメリカン・ライフの現実。ファンタジーなのに現実的。ウィノナの金髪があんまり似合ってなかったけど、あれも含めて「一つの世界」にどっぷり浸れる幸福をかみしめた1本。
10点(2004-03-12 13:12:44)
15.  マグノリア 《ネタバレ》 
これぞ群像劇! その面白さを満喫できました。もっとも好きなシーンは、それぞれ切羽詰まった状況にある主人公たちが、エイミー・マンの「Wise Up」を口ずさむシーンです。町ですれ違う人、レストランでたまたま隣のテーブルに座った人にもそれぞれの人生があり、それぞれの悩みがある。そして、それぞれの人生の積み重ねとして、私たちの「社会」は存在し、動いている。あたりまえのことだけど、そういう「社会」というものに対する想像力を、見事に映像化してくれた作品であると思います。そして、どん詰まりの状況のなかで降ってくる「カエル」の不条理さ! でも、その不条理さが、ほんの少しだけだけも前に進んでみようという気持ちを抱かせてくれる。こんな芸当は1回限りでしょうが、その1回を見事にやり遂げたポール・トーマス・アンダーソン監督は本当に天才だと思いました。
[映画館(字幕)] 10点(2004-03-09 22:32:50)(良:2票)
16.  アンダーグラウンド(1995)
映画館でみて、監督・脚本のエミール・クストリッツァの想像力のパワーに圧倒されました。ユーゴスラビアの現代史を、こんなかたちで描く事ができるなんてと驚愕したことを覚えています。ブラックユーモアと政治的なメッセージの絶妙なバランス。ふざけたマルコのキャラと悲惨な戦争や民族分離のコントラスト、そして美しく印象的なラストシーンまで、「映画」の持つ力を見せつけられました。
10点(2004-03-08 18:06:14)(良:1票)
17.  終わらない週末 《ネタバレ》 
Netflixオリジナル映画のなかでは結構フィーチャーされてたとは思うが、地味なタイトルで手が伸びなかった。たまたま見た予告編(というか冒頭の船のシーン)が面白かったので鑑賞。これが大正解で、面白かった。とにかく、何か大変なことが起きている、という不穏な空気の作り方がとてもうまい。普通、この不穏なまま3分の1くらい引っ張って、真相が明らかになり、そしてラストバトル、みたいな展開が予想されるのだけれど、なんとこの映画はずっと不穏で何が起きているかわからないまま。それでも、起きる事件の一つ一つが強烈なビジュアルで、冒頭の船の座礁から、鹿の群れ、飛行機の墜落、赤いビラ捲き、そしてお兄ちゃんのアレまで、どれも見せ方が本当にうまい。そのうえ、誰一人好きになれそうにない登場人物たちなのに、だんだん1人1人のキャラが人間臭く見えてくるのが不思議。ジュリア・ロバーツがこんなにイヤ〜な中年女性を演じるのも驚きだし、マハーシャラ・アリの慇懃無礼さ、イーサン・ホークのいろいろ役に立たない文系親父など、俳優のキャラをうまく活かしている。そして、とっても今どきな家主親子の娘さんは、自分が最も苦手なタイプ(しかも、知り合いにこういうタイプがいて本当に苦手なので、話し方とかふるまいとかがいちいちリアル)なのだけれど、最後の鹿との対峙シーンではなんだかとっても可愛く見えてしまう。  決して明示されないけれど、社会的なメッセージも明らかだろう。混乱し、真相がわからないまま、自滅していくアメリカの姿。だけど、アメリカは、ずっとずっと何年も中南米でアジアで中東で、そして今(2024年)にはパレスチナで、同じことをやってきたのだ。独裁者やテロリストにもお金や武器を流し、人びとの不信を煽り、分断を作り出し、殺し合いをさせてきた。しかし、この映画では、誰か黒幕(悪の陰謀団?)を置いてネタばらしをやるのではなく、結局何が起きているのかわからないまま終わっていくのが何より素晴らしい。そして、作風的にハッピーエンドはないと思っていたのに、まさかの「ほっこり」エンド。参りました。  独特な作風が気になったので調べたら、サム・エスメイル監督は『Mr. ロボット』のクリエイターだった人か! またまた楽しみな映画監督が1人増えました。
[インターネット(字幕)] 9点(2024-09-25 18:39:08)
18.  パスト ライブス/再会 《ネタバレ》 
見終わるといくつかのシーンが頭から離れない。本当に美しい106分間でした。  主人公のノラは小学校時代にソウルからカナダに移住し、いまは家族とも離れて作家としてニューヨーク暮らし。ノラの小学校時代の(両想いの)幼なじみヘソンは、途中で兵役や上海に留学した期間もあったけど、基本的にはソウルにとどまっている。NYで自分のキャリアを追求してどんどん前へ進んでいくノラと、ソウルでなんとか暮らしながら、いつも同じメンバーの男友達と焼き肉屋でのやりとりを繰り返すヘソンの描き方は、とても対照的。二人は10年前にSkypeを介して遠距離でやりとりするも、結局会えないまま。そして現在のNY、結婚したノラのもとにヘソンが尋ねてくる。24年ぶりの再会は果たして・・・というストーリー。  広告や予告編のイメージでは、コリアン・アメリカンの女性がかつて恋人だった一途なイケメン韓国男性とNYで再会、というキラキラ恋愛ストーリー風だったのだけれど、実際見てみたら全然違ってた。たしかにヘソンは一見イケメンではあるのですが、NYに降り立った彼の野暮ったさ。今どき英語も片言でいつも自信なさげ。それでも、ノラと時間を過ごすうちに、彼の迷いや気持ちが、台詞というよりも佇まいや表情、語っている言葉の裏側から少しずつ見えてくる。その過程が、とても自然で、リンクレイター監督のカップル再会ものの傑作『ビフォア・サンセット』を思わせる、自然な会話と態度の変化が、雨のニューヨークを舞台に丁寧に描かれていました。  そして象徴的な場面の数々。冒頭のノラと夫のアーサーそしてヘソンの3人の並び。子ども時代のノラとヘソンが別れる「分かれ道」。そして、ラストのウーバー車を待つノラとヘソン。どれも台詞はほとんどないのですが、空間の切り取り方と間の取り方がすばらしく、どれも脳裏に焼き付いています。とくに、ラストのノラのアパートを出て歩くシーンは、「無言であることに悶絶する」屈指の名場面です。これを映画館で味わえたのが一番の幸福だったかもしれません。やっぱり大作以外は配信に偏りがちな映画鑑賞習慣を見直さなきゃと思いました。  結局、ノラとヘソンは、子ども時代の「分かれ道」で言えなかったことを言うために、24年間かけてきたわけですが、「あの時こうしていたら、ありえたかもしれない二人の姿」を思いながらも、「いま」を抱きしめるラスト。こんなド直球な大人の恋愛映画、本当に久しぶりでした。冷静にみれば、アーサーもヘソンも「いい人」過ぎて、ちょっと主人公にとって都合良すぎな感じもありますが、それを補って余りある美しいシーンの数々と自然な会話の脚本をぜひ堪能してもらいたい。  蛇足ですが、FacebookやSkype(とくに着信音)が、ひと昔前のノスタルジックな感情をかき立てる小道具としてとっても効果的だったのには、時の流れを感じました。
[映画館(字幕)] 9点(2024-04-25 07:52:19)
19.  落下の解剖学 《ネタバレ》 
もう少しサスペンスなのかなと思ったけど、予想以上に「夫婦危機モノ」でした。夫婦危機モノも好きなのでそこは問題なし。夫婦の問題は冒頭ではあまり示唆されないまま(でも大音量音楽が鳴り響く不穏さはすごい)、裁判の過程を通して、さまざまな証言者の登場によって見えてくる。夫婦ともに「創作」に関わる同業者夫婦(どうやらもともとは夫のほうが師匠的な立場だったのが、ある事件を機に逆転してしまった)であり、障害を持つ息子がいて、そしてフランス人とドイツ人の「国際結婚」で日常的には英語で会話しているという環境・・・夫婦の「対等な関係」とは何か、親の責任と子の自立、他者を媒介する「共通言語」の存在など、どの設定も現代社会のいろいろなあり方を象徴している。それがものすんごくパーソナルな関係性のなかに埋め込まれていて、しかもそれぞれの証言者の主観で語られるものだから、溝やズレや矛盾だらけで、いっこうに全体像は見えてこない。・・というか結果的には、人間関係の、そして他者の全体像が見えないなかで、私たちはどう生きるんでしょうか、と問いかけた映画でした。その答えはなかなかシンプルではありますが、納得感はある。  昔、身近な人が巻き込まれた事件の刑事裁判を傍聴し続けたことがあるのですが、その裁判の感覚にとても近い。いろんな物的証拠や証言は並んでも、最後にそこに首尾一貫した結論が現れるわけではない。そんな不確かな現実に、当時はものすごい無力感を感じたものですが、この映画の結論は、そんな状況での一筋の希望にも見えます。誰もが面白いと思える映画ではないと思いますが、個人的には勇気をもらえる、よい映画でした。
[映画館(字幕)] 9点(2024-02-27 16:39:48)(良:1票)
20.  フェイブルマンズ 《ネタバレ》 
スピルバーグの映画って「怖い」ですよね。異世界とか怪物とかの「それ」ではなく、人間が怖いといったらありきたりですが、人と人のあいだにある「絶望的な溝」みたいなものが垣間見えてしまう「怖さ」っていうのかな。自分が「これは理解できないかもしれない」っていうものが目の前にあって、でもそれとなぜか対峙しなきゃいけなくって、でもやっぱりわからなくて・・みたいな瞬間。  巨匠の自伝的作品とはいえ「思ってたのと違うらしい」と聞いていたので、あまり期待せずに見てみたら、その「怖さ」の深源を見てしまったような、そんな作品でした。冒頭の『史上最大のショウ』でサム少年が夢中になったのは機関車の大事故のシーン。大人目線ではいかがなものか、というものではあるのですが、子どもがそこに吸い込まれる感じ、すごくよくわかる。ところがカメラを手にした頃から、サムはフィルムに「得体のしれないもの」が残ってしまう恐ろしさと対面する。父親の友人ベニーに向ける母親の視線なんて、思春期の少年が一番見ちゃいけないやつだし、母親だっておそらくあのフィルムを見るまでは自覚すらしてなかったかもしれない。でもフィルムに残っちゃったものはしょうがない。そこから始まる家族物語の顛末の辛いことったらない。母親はだんだんおかしくなり、猿にベニーと名付けるあたりで、決定的な「溝」が見えてしまう。一方で、イヤ〜なイジメっ子高校生もカメラを通せばなぜか「キラキラ」男子になってしまうことの不思議。カメラを向ければ、被写体の本心だけでなく、自分の奥底にある欲望にまで向き合うことになる・・・。  本作を見ると、映画賛歌どころか、スピルバーグの映画ってもしかして映画への「復讐」だったのか、とさえ思えてくる。偏執狂的ともいえる「恐怖」への執着、ヒューマンな映画にふと挿入される人間を突き放したような表現、そして、他者を理解することに対する諦めにも似た冷静さ、そして不謹慎なものがもたらす高揚感・・・。今までのスピルバーグ映画にあった二面性というか多面性の由来を見た感じ。「復讐」でもあるけれど「ラブレター」でもある。「思ってたのと違った」けど、こんな違いなら大歓迎。こんなん、スピルバーグにしか作れない「恐ろしい」映画でした。
[インターネット(字幕)] 9点(2023-12-25 17:50:07)(良:1票)
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