361. マ・レイニーのブラックボトム
《ネタバレ》 1927年、その日、シカゴの小さな録音スタジオは緊張に包まれていた。何故ならブルースの母と呼ばれる気難し屋で有名な人気歌手、マ・レイニーが自らのバンドを引き連れ収録へと臨んでいたからだ。レコードとして発売されたら大ヒット間違いなし、彼女を口説き落とした白人の音楽プロデューサーは、人生を懸けて入念なリハーサルを重ねていた。だが、長年白人から虐げられた生活を余儀なくされていた彼女は最初から無理難題を要求し、スタジオは瞬く間にひりひりするような空気に包まれる。そこに野心に燃える若手トランぺッターも加わったことで、緊張は一気に頂点へと昇り詰めるのだった。果たして、彼女の最大の名曲とされる「ブラックボトム」は無事に録音できるのか?何度もテイクを重ね何枚も原版を無駄にしながらも時間だけはどんどんと過ぎてゆく……。まだ黒人が著しく虐げられていたこの時代、自らの音楽だけを魂の拠り所に生きたブルース・バンドの意地とプライドのぶつかり合いを描いたヒューマン・ドラマ。長年人種差別問題に高い関心を寄せていた俳優チャドウィック・ボーズマンの遺作となった本作、制作に名を連ねているのが名優デンゼル・ワシントンということもあり今回鑑賞してみました。偏屈で気難し屋で白人たちを目の敵にする人気ブルース歌手マ・レイニーを演じるのは、実力派のヴィオラ・デイヴィス。そんな実在した歌手をモデルにしてはいるのですが、本作はまるっきり創作だそうで。と言うか、舞台はほぼこの狭い録音スタジオの一室のみ、そこで様々な事情と思惑を抱えた登場人物たちの激しい応酬がメインとなるその内容に、「なんだか舞台劇のようだなぁ」と思ったら、実際にそうらしいですね。実力派の役者陣が織りなす、まさに魂の咆哮とも呼ぶべき密度の濃い演技合戦は見応え充分でした。特に、普段は軽佻浮薄な言動を繰り返す若手トランぺッターを演じたチャドウィック・ボーズマンが、子供のころの壮絶な思い出を語るときの鬼気迫るような表情には圧倒されました。素晴らしいとしか言いようがなく、つくづくその急逝が惜しまれます。どうやらレズビアンでもあったらしいマ・レイニーを貫禄たっぷりに演じたヴィオラ・デイヴィスも負けず劣らずの存在感。そして、肝心の彼女の楽曲「ブラックボトム」も、気怠いようなジャジーな雰囲気がなんとも耳に心地良かったです。年老いた黒人バンドメンバーが語る、「白人からしたら、俺たち黒人は残飯なんだ」という言葉が重い。うん、充実した映画体験をさせていただきました。7点! [インターネット(字幕)] 7点(2021-01-15 23:31:25)(良:1票) |
362. ジングル・ジャングル 魔法のクリスマスギフト
《ネタバレ》 弟子の裏切りによって全てを失ってしまった偏屈な玩具職人が、孫の魔法の力を借りて再起を果たすという超王道クリスマス・ファンタジー。主人公を演じるのがオスカー俳優のフォレスト・ウィテカーということで今回鑑賞してみました。なんですけど、いやー、もうこれでもかってくらいベッタベタな内容でしたね、これ。最初から最後まで先の読めるストーリーにどっかで何度も見たようなミュージカルシーンの数々、そして一切個性の感じられないステレオ・タイプな登場人物たち……。正直に言って、この手の分野の大御所であるティム・バートンの作品から一切の毒を抜いたような超絶薄っぺらい内容でした。最後に明かされる、このお話を読み聞かせるお婆ちゃんの正体はきっとアレなんだろうなぁと思ってたら、本当にそのまんまのオチで思わず苦笑しちゃいましたわ。とは言え、けっこうお金が掛かっているであろう、仕掛け絵本を模したファンタジー・シーンはさすがのクオリティだったし、ミュージカルシーンもぼちぼち楽しかったので、何も考えずに観る分にはそこそこ楽しめるんじゃないでしょうか。 [DVD(字幕)] 6点(2021-01-15 23:13:53) |
363. ザ・プロム
《ネタバレ》 多感なティーンエイジャーたちの年に一度のお楽しみ。それは、学校主導で行われる華やかな祭典、ザ・プロム。だが、そんなお祭りが開催直前になって中止の危機に追い込まれる。原因は、あるLGBTQの女子生徒が恋人である女の子と出席すると公言したからだ。法的な問題からその生徒だけを出席禁止にすることも出来ず、保守的な学校側はプロム自体の中止を宣言。賛成派・反対派を巻き込んで一大議論を巻き起こす――。そのことを偶然テレビで知った、落ち目のブロードウェーのミュージカル・スターたち。評判のよくない新作公演の宣伝のために、彼らはとっておきの方法を思いつくのだった。それは現地へと趣き、彼女たちを全面的に支援すること。当初は売名目的だったブロードウェーのスターたちだったが、女子生徒の切実な想いを知ってその心境に徐々に変化が訪れる……。という、内容自体は昔からよくある超王道の青春学園ミュージカルなのですが、本作のミソはそこに昨今流行りのLGBTQ問題を絡めたこと。まあ正直それだけのもんなんですけど、やはりそこは本場のハリウッド。全編を彩る楽曲やダンスシーンのクオリティの高さはなかなかのものでした。ニコール・キッドマンやメリル・ストリープといったベテラン女優たちの熱演もあって、もう最後までゴージャスで煌びやかで観ているだけでわくわくしちゃいますね。ベタですけど、僕はぼちぼち楽しんで観ることが出来ました。ただ、途中にキリスト教批判のような楽曲が出てきたときはびっくりしましたけど。まあ内容的にごりごりのキリスト教保守派ははなから観ないであろうとの判断なのでしょうけど、なかなか踏み込んだその歌詞にスタッフたちの覚悟を感じました。ミュージカル好きな方、社会問題に関心のある方、メリル・ストリープやニコール・キッドマンのファンの方は見て損はないと思います。 [インターネット(字幕)] 7点(2021-01-14 05:02:38) |
364. ハスラーズ
《ネタバレ》 彼女の名は、デスティニー。何処にでも居るような平凡な女の子だ。大して特技があるわけでもなく、容姿も学歴もそれなり、人に自慢できるような経歴もない。そんな彼女が生活のために見出した職業。それは文字通り裸一貫で出来る、ストリッパーだった。夜の街で繰り広げられる男たちの喧騒を乗りこなし、徐々に頭角を露わにしてゆくデスティニー。そんな彼女はある夜、お店のトップに君臨するベテラン・ダンサー、ラモーナと出会う。彼女とコンビを組み、お店の主な顧客であるウォール街の金融マンたちを相手に荒稼ぎしてゆく二人。高級住宅や車、豪華な食事に飲み切れないほどの高級ワイン、そして煌びやかな宝飾品の数々……。こんな生活が永遠に続くと信じていた。そう、あの日を迎えるまでは――。2008年、突如として巻き起こった世界的な金融危機によって、彼女たちは一夜にして全ての顧客を失ってしまうのだった。折悪く子供も生まれ、すぐさま生活に困窮するデスティニー。そんな彼女たちが、生活を立て直すために取った方法とは?実話を基に、追い詰められ犯罪に手を染めるストリッパーたちを描いたクライム・ドラマ。主人公とタッグを組む先輩ストリッパーを演じるのはベテラン女優ジェニファー・ロペスなのですが、とにかく今年で50歳になるとは到底思えない、彼女の圧倒的な存在感に尽きると思います。年齢を全く感じさせないパーフェクトなボディに、ステージを縦横無尽に駆け回る驚異の身体能力、そして何よりむちゃくちゃエロい(笑)。彼女が超セクシーなコスチュームを着て、客が投げる札束の海で踊りまくる冒頭のシーンには思わず痺れちゃいましたわ。僕はかねてより、ある種の水着は裸よりもエロいと思っていたのですが、それを改めて実感させられるようなほぼ線でしかないコスチューム姿の彼女、ナイスですね~。ただ、肝心のお話の方は正直ありきたり。追い詰められたストリッパーが、かつての顧客である金融マンを相手に金を騙し取る内容だと聞いて、もっと緻密に計画された知的犯行だと思ったら、まさかの単なる昏睡強盗。色仕掛けで客を泥酔させて近くのお店に引っ張り込んではカードの暗証番号を聞き出すという、なんだかミナミの帝王あたりに出てきそうなみみっちいお話でした。でもまぁ追い詰められた女たちの開き直りっぷりはなんとも潔く、そんな彼女たちがスケベな男どもを次々とターゲットにしてゆくとこはけっこう爽快だったかな。まさにゴージャス&セクシー。パワフルでエネルギッシュで猥雑で、目の保養にもなったし、まあぼちぼち面白かったですかね。教訓。夜の酒場で近寄ってくるエロい女には充分注意しましょう。 [インターネット(字幕)] 7点(2021-01-12 01:33:12) |
365. レベッカ(2020)
《ネタバレ》 両親を病で亡くし、以来天涯孤独となってしまった〝私〟。生きてゆくために私が選んだ仕事は、気難し屋の大金持ち婦人の使用人だった。モンテカルロでのバカンスに連れてこられた私は、そこで偶然、上流階級で優雅な生活を送る紳士、マキシム・ド・ウィンターと出会う。結婚したばかりの妻を海の事故で亡くし未だ失意の中に生きていたというウィンターに、私は徐々に惹かれてゆくのだった。彼もまた、そんな孤独な私に心を許してくれ、いつしか私たちは結婚を誓い合うまでに。婦人と話をつけ、晴れて夫婦となることが出来た私たちはさっそくマンダレーに建つ彼の大豪邸へと移り住む。高価な家具調度品やたくさんの使用人に囲まれ、何不自由ない生活を手に入れた私。だが、次第に拭い切れない違和感を覚え始める。家のあちこちに残されたRの文字。「レベッカっていったい誰なの?」――。そう、館の至る所に残されたその痕跡は、前年に死んだ彼の元妻レベッカのものだったのだ。夫や使用人に聞いても詳しいことは何も話してくれない。まだ生きて何処かに潜んでいそうなそのレベッカの影に、私は徐々に追い詰められてゆき……。閉鎖的な上流階級へと嫁いできた若き女性が、夫の今は亡き前妻の秘密に翻弄される姿を描いたサスペンス・スリラー。同じ原作を映画化したというヒッチコックの古典的名作の方は未見。まあ何十年も前に書かれた小説の映画化だけあって非常にオーソドックスな内容なのですが、それでも細部の演出がけっこう丁寧でなかなか惹き込まれて観ることが出来ました。主人公が豪邸の中で、今は亡き元妻レベッカの痕跡を徐々に発見してゆくくだり――夫の書斎に隠してある手紙やブラシに残った金髪、愛犬が部屋の一点をずっと見続けているといったエピソードの数々は、何処かモダンホラー的でぞくっとするような怖さがあります。特に、主人公に何かとチクリとする一言を放ってくる家政婦長のいや~~~な感じは特筆ものでした。ただ、残念だったのは後半の展開。ここまで良い感じでサスペンスを煽っておきながら、後半息切れしたのか急にグダグダになっちゃったのがなんとも勿体ない。特に最後に明かされることの真相はかなり強引で、僕は到底納得できるものではなかったです。前半が良かっただけに、この後半のモヤモヤ感がなんとも惜しい!え、原作もこうなんですかね?それともこの監督の詰めが甘いだけ?確認するにはやはり、ヒッチコックのその名作と呼ばれてる方を観るしかないですね。 [インターネット(字幕)] 6点(2021-01-11 01:09:09) |
366. ミッドナイト・スカイ
《ネタバレ》 2049年、突如として発生した謎の現象により、地球は急速に滅亡へと向かっていた。逃げ惑う人々はなすすべもなく犠牲となり、三週間後にはほんの一握りの人々を除き、人類はほぼ死に絶えてしまう――。北極圏の小さな天文台に取り残された年老いた科学者もまた、絶望の中に生きていた。過去の思い出だけを慰めに、酒に溺れ、孤独に死を待つだけの日々。そんなある日、彼は宇宙の彼方からとある交信を受ける。なんと何年も前に木星の衛星へと旅立った宇宙船が任務を終え、今から地球へと帰還するというのだ。「今、戻ってきても地球には何もない」。すぐさま宇宙船へとそう知らせようとする老科学者だったがこちらからの交信はまだ向こうには届かず、しかも汚染された空気はもうそこまで迫っていた。ここよりさらに北に向かったところにある観測所に行けば、何とか宇宙船へと知らせることが出来るかもしれない。老科学者は、同じく生き残った口の利けない少女とともに天文台を旅立つのだった。だが、そんな二人に自然の猛威は容赦なく襲い掛かってきて……。終末を迎えつつある絶望的な世界の中で、ただ人類の未来のためだけに苦難の旅を続ける老科学者を描いたサバイバル・SFドラマ。監督・主演を務めるのは、もはやハリウッドの重鎮となったジョージ・クルーニー。という訳で、けっこう期待して今回鑑賞してみました。なんですが、うーん、正直どうなんでしょうね、これ。世界の破滅の原因となった事件を一切描かないというのは明らかに意図したことだとは思うのです。なので本作のテーマが、この生き残った老科学者の内面描写を中心とした哲学的なものになるのは必然。ところがこの肝心の人間ドラマが一向に面白くならない。きっとSF版『老人と海』のような究極の孤独なサバイバルを描きたかったのでしょうけど、それならこの口の利けない少女の存在は明らかに邪魔。かといって、この二人の絆がテーマになるのかと思えば、それも一向に深まっていかない。これではなんとも中途半端と言わざるを得ません。少女の秘密が明らかとなる最後のオチに至っては、なんだか取って付けたようで肩透かし感が半端ありません。と、明らかに欠点ばかりが目に付く本作なのですが、それでも僕はそこまで嫌いではないんですよね、これ。けっこうお金が掛かっているであろう宇宙船内の描写はスタイリッシュで洗練されていて、対照的に吹雪が吹き荒れる地上の描写は何処までも荒々しい。この二つのシーンが交互に展開される中盤はなかなか迫力があって、画的には普通に観ていられました。それだけにもう少しストーリーを頑張って欲しかったです。惜しい! [インターネット(字幕)] 6点(2021-01-06 01:32:39)(良:1票) |
367. デビル(2010)
《ネタバレ》 それは、何処にでもあるような日常のとある一コマだった――。大都会の一等地に聳え立つ超高層ビル。上層階へと向かうエレベーターの一室に、偶然乗り合わせた五人の男女。年代も人種も職業も違い、まったく共通点のない彼らはただ偶然そこに居合わせただけだった。だが、その狭い筐体は動き出した直後、原因不明の不具合を起こし、すぐに動かなくなってしまう。どのボタンを押してもうんともすんとも言わず、唯一のドアはどれだけ力を加えても一向に開かない。警備員室へと繋がるマイクにいくら訴えても、向こうはただ落ち着いてくださいと繰り返すばかり。室内には不穏な空気が流れ始め、徐々に混乱してゆく彼ら。一瞬の停電のあと、とうとう第一の犠牲者が出てしまうのだった。果たして犯人は誰なのか?やがて彼らは気づくことになる。この事態の裏側には、超自然的な力が動いていることを……。とあるエレベーターの一室に閉じ込められた、何の関連性もなさそうな人々の駆け引きを描いたシチュエーション・スリラー。明らかに低予算で作られたであろう、いかにもB級なそんな本作、制作を務めるがとにかくアイデア一発勝負で映画を撮り続けるM・ナイト・シャマランということで、さして期待せずに今回鑑賞してみました。ところがどうして、これがなかなか見応えのあるスリリングな密室劇に仕上がっていて、僕の先入観はいい意味で裏切られましたね。とにかく緊迫感の煽り方が抜群に巧い!!こーゆー映画にありがちな、舞台はこの密室の中だけ、ストーリーを登場人物のやり取りのみで強引に押し進めたりせず、ちゃんと外部の視点も取り入れているのが大変グッド。おかげで物語にメリハリがつき、最後まで飽きさせません。がっつりオカルト要素を取り入れているのも最初はどうかなと思ったんですが、それも自然であまり違和感を感じませんでした。物語の焦点となる、密室内に閉じ込められたこの五人のうちの誰が悪魔なのかというミステリーの見せ方も巧い。ビル内に徐々に混乱が拡がってゆくとこなんて、なんだかパニック映画のような趣さえありました。この五人のキャラもそれぞれ個性的でちゃんとキャラ立ちしているところも良かったですね。あのおばちゃんが急に立ち上がってきたときは、「どひゃあ~」と思わずのけぞっちゃったし。最後のオチは若干強引で力技で押し切られた感はありましたが、総じて満足度は高い。うん、なかなか面白かった。7点! [インターネット(字幕)] 7点(2021-01-05 01:04:29)(良:1票) |
368. ベル・カント とらわれのアリア
《ネタバレ》 1996年、政情不安に揺れる南米のとある小国。まだまだ発展途上のこの国で、商談のために訪れた大手企業の幹部ホソカワは、その夜、副大統領の官邸で開かれたパーティーへと胸を高鳴らせながら出席した。何故なら、昔から大ファンであるオペラ歌手のロクサーヌ・コスも招かれ、彼女の奇跡のような歌声が聴けるからだ。宴も佳境に入り、舞台に立った彼女の美しい旋律に聞き惚れていた矢先、思いもよらぬ事態が巻き起こる――。なんと大統領の政策に反発する左翼ゲリラが密かに官邸へと侵入し、瞬く間に館を占拠してしまったのだ。多くの人質の命と引き換えに仲間の釈放を要求する犯人グループ。だが、政府は簡単には要求に応じる気配を見せない。事態は膠着状態に陥り、ホソカワやロクサーヌ・コスをはじめとする人質たちは、長い拘留生活を余儀なくされることに。すると、犯人や人質たちの心境に思いもよらぬ変化が訪れて……。多くの日本人にとっては今だ記憶に新しいペルーでの大使館占拠事件。左翼ゲリラによって、多数の民間人が何か月にもわたり監禁状態に置かれた挙句、軍による強行突入によって多数の犠牲者を出したというこの悲劇をモデルにした本作、日本人としてはいたく興味を惹かれ今回鑑賞してみました。まあやりたいことは分かるんですよ、これ。犯人グループと人質が長らく生活を共にすることによって、いつしか友情に近い関係を育んでしまうという、いわゆる「ストックホルム症候群」。ただ、物語の見せ方と言うか演出があまりにお粗末で、非常に残念な出来になってしまってます。まず、犯人グループがこの建物を占拠する冒頭部。観客の心を摑むためのとても重要なシーンなのに、あっさりと何のとっかかりもないまま終わっちゃいます。その後人質たちと犯人グループもけっこう簡単に打ち解けちゃって、気付いたらもう和気藹々。いやいや、ここらへんもっと丁寧に描くべきでしょう。おかげで渡辺謙演じる主人公とジュリアン・ムーア演じるオペラ歌手の恋愛要素がなんとも薄っぺらく、加瀬亮演じる通訳とゲリラの少女の恋愛に至っては取って付けたようでさっぱり心に響かない。いくらでも面白くなりそうな題材で、しかもこんなにも魅力的な俳優陣を揃えておきながら、この体たらく。監督には猛省を促したいところ。最後の強行突入によって次々と射殺されてゆくゲリラたちにはなかなか悲愴感が漂っていて、彼らにいつしかシンパシーを感じていた人質たちの複雑な思いもうまく表せていただけに、なんとも勿体ない出来の作品でありました。 [DVD(字幕)] 5点(2020-12-29 02:30:41) |
369. エノーラ・ホームズの事件簿
《ネタバレ》 あの伝説の名探偵には妹がいた!その名も、エノーラ・ホームズ。どうしようもないお転婆で、世間のせまっ苦しい常識なんか大嫌い、何かというとトラブルを巻き起こすじゃじゃ馬な彼女だったが、それでも兄譲りの推理力だけは誰にも負けない自信があった。そんな彼女の母親がある日、原因不明の謎の失踪を遂げる。「ママはきっと私に何かメッセージを残しているはず!」――。ロンドンで大活躍する兄も急遽帰ってくる中、そう確信したエノーラは独自に捜査へと乗り出すのだった。果たして母親は何処に消えたのか?問題の核心はロンドンにあると突き止めた彼女は、兄の手を逃れ、大都会へと向かう汽車へと飛び乗ることに。偶然出会った、同じく家出してきた貴族の息子とともに捜査を続けたエノーラは、やがて失踪した母親の本当の目的を知ってしまう……。19世紀のロンドンを舞台に、伝説の名探偵の妹が母親の失踪事件の裏に隠された陰謀を巡って大活躍するエンタメ作品。全編を貫く、観客にとにかく徹底的に楽しんでもらおうというサービス精神には素直に好印象。主人公となるお転婆探偵エノーラ・ホームズも充分に魅力的で、彼女とタッグを組む貴族のダメ息子もなかなかのヘタレ具合なのに決めるとこはちゃんと決めるというお約束も大変グッド。仕掛け絵本や古い映画フィルムを模した細かい演出もけっこうワクワク感あります。主人公が何かというとカメラ目線で観客に語り掛けるという、ともすれば鬱陶しさが先に立つ演出も僕はそこまで気になりませんでしたし。ただ、残念だったのは、脚本がいまいち練られていないとこ。肝心の母親の行方が物語の焦点となるのかと思いきや、後半は何故か相棒の貴族の息子くんの命を狙う黒幕探しになっちゃって、どうにもちぐはぐ感が否めない。ここらへん、もうちょっと頑張って欲しかった。とは言え最後まで小気味よく楽しめる、肩の凝らないエンタメ映画としては充分及第点。暇潰しで観る分にはちょうどいいんじゃないでしょうか。 [DVD(字幕)] 6点(2020-12-29 02:01:39)(良:1票) |
370. シカゴ7裁判
《ネタバレ》 1968年、シカゴにおいて史上類を見ない裁判が始まった。被告となったのは、生い立ちも人種も所属団体も異なり、その思想信条も全く違う7人の男たち。罪状は、民主党大会の近くで行われた平和的なデモを組織的に煽り、過激で暴力的な行動に走らせたという、いわゆる共謀煽動罪。最高で懲役10年にもなるこの罪で起訴された彼らは、本当に有罪なのか?そして本当に彼らは事前に共謀したという事実があったのか?彼らの裁判を通して炙りだされるのは、当時のアメリカが抱えていた根深い病巣だった……。本作は、そんな実際にあった裁判をモデルにしたエキサイティングな法廷劇だ。監督は、事実を基にした社会派ドラマを幾つも手掛けてきたアーロン・ソーキン。主演には、エディ・レッドメインをはじめ、ジョセフ・ゴードン・レビットやジョン・キャロル・リンチといった新旧実力派の豪華な面々。この監督の前作『モリーズ・ゲーム』にはあまりいい印象は持てなかったのですが、なかなかどうして、本作は最後まで充分見応えのある良質の法廷劇に仕上がっておりました。とにかく脚本が素晴らしい!物語の芯となるのは、あくまでシカゴ・セブンと呼ばれた彼ら(最初はここにブラック・パンサー党の黒人幹部も含んだ8人でしたが)の公判なのですが、随所に事件当時の映像を差し挟むことでメリハリがつき、最後まで非常に観やすく、かつ考えさせられるというなかなか密度の濃い内容となっております。それまでほとんど面識のなかった立場も年代も違う被告人たちが、優秀な検事や偏見に塗れた判事によって徐々に追い詰められ、次第に疑心暗鬼から仲間割れへと発展してゆく過程も非常に丁寧。後半、次々と明らかになる、新たな証拠や新事実、そして決定打となる新証人の存在などの見せ方も充分にドラマティックで最後まで全く飽きさせません。主要キャストを務めた俳優陣もそれぞれいい仕事してます。特に後半、出番は短いもののかなり重要な役回りでマイケル・キートンが登場したのは嬉しいサプライズでした。果たして真実はどうだったのか――。個人の感情や思想など簡単に握り潰そうという国家権力、そして後先考えずただ己が正義のために暴走してしまう市民団体、その双方に改めて空恐ろしいものを感じます。最後は若干、過剰なまでの大団円へと導こうとするその手法に鼻白むものはありましたが、総じて満足度は高い。なかなか完成度の高い法廷劇の逸品でありました。8点! [DVD(字幕)] 8点(2020-12-21 08:30:27)(良:1票) |
371. フェイフェイと月の冒険
《ネタバレ》 最愛のママを病で亡くし、以来父一人子一人の家庭で育ってきた女の子フェイフェイ。それでも彼女は、大好きなお父さんとママが遺してくれたウサギのバンジーとともに哀しみを乗り越え、充実した毎日を過ごしてきた。そんな折、大事件が発生!なんとお父さんが見知らぬ女の人を連れてきて、彼女がこれからフェイフェイの新しいママになると言い始めたのだ。「そんなの絶対認められない!」――。まだママのことを忘れられないフェイフェイは、なんとしても父の再婚話を阻止するため、とっておきの方法を思いつく。それは幼いころにママから聴いた、月の裏側で今はなき恋人のことを想い続けている女神チャンウーが実在し、今でも最愛の人のことを忘れずにいると証明することだった。もともと科学の成績がトップクラスだったフェイフェイは、その日から月へと向かうロケットの発明に没頭するように。様々な苦難を乗り越え、ようやく月へと辿り着いたフェイフェイは、そこで女神チャンウーの本当の姿を知ってしまう……。月の裏側に住むという女神を追って月へとやって来た女の子フェイフェイの奇想天外な冒険を描いたファンタジック・アニメーション。あくまでファミリー向けの作品だと分かったうえで鑑賞してみたのですが、これがまあディズニーアニメの良いところを繋ぎ合わせただけの既視感バリバリの内容でした。どっかで見たようなキャラクターにどっかで何度も目にしたようなファンタジー・シーン、そしてどっかで何度も見たようなストーリーのてんこ盛り。だってストーリーや世界観はピクサーの『リメンバー・ミー』を中国に置き換えただけだし(あの光り輝く獅子の存在なんてまんまですやん!!)、主人公の飼ってるウサギもサンリオにそっくりな奴いてませんでしたっけ?あと脚本も詰めが甘い。フェイフェイが月に向かう理由がそもそも弱いんですよね~、これ。お父さんの再婚を阻止するためにわざわざロケットを開発して月に旅立つって、それよりも簡単で手っ取り早い方法がいくらでもあるでしょーが(笑)。わざわざ月の裏側に行くのなら、お母さんを生き返らせることが出来るくらいの理由がないと説得力がありませんって。とは言え、蛍光色を基調とした映像はすこぶるキレイで全編に流れる楽曲もぼちぼち良かったんで5点! [インターネット(字幕)] 5点(2020-12-18 22:00:18) |
372. ホンモノの気持ち
《ネタバレ》 高度なAIを搭載した人型ロボット〝シンセ〟が社会の隅々にまで浸透した近未来。開発者であるコール・エインズリー博士は、更なる高みを目指して日々研究を続けていた。その目標とは、「人生の最愛の伴侶となる相手を人工的に創り出すこと」――。彼の元で働く研究員ゾーイは、ともに過ごすうちにそんな彼の信念や人柄に徐々に惹かれてゆくのだった。次第に心を許しあい、いつしか一線を越えてしまう二人。お互いをなくてはならない存在だと感じ始めていた矢先、ゾーイは衝撃の真実を知ってしまう。なんと彼女自身もまた彼に創り出された〝シンセ〟だったのだ。心を深く傷つけられたゾーイは、彼の元を離れ、一人で生きてゆく決心をするのだが……。高度に発達した近未来を舞台に、自我を持ったアンドロイドと孤独な中年男との恋愛をリリカルに描いたSF・ラブストーリー。ベテラン俳優ユアン・マクレガーがそんな人造人間に恋をするこじらせおじさん役を演じているということで今回鑑賞してみましたが、正直、これがさっぱり面白くなかったです。ストーリーなんてあってなきが如し、とにかく雰囲気に頼りすぎで、全体的にふわふわダラダラした印象しか残りませんでした。これで映像なり音楽なりにセンスがあれば観ていられたんでしょうけれど、それもソフィア・コッポラもどきの凡庸な代物で退屈極まりない。だいたい人工知能と人間との恋愛というテーマ自体、今となってはさして目新しくもないですし。それに後半に唐突に出てくる恋愛ドラッグの扱いもなんとも中途半端。最後の「やっぱり愛って偉大だね」みたいな結論に至っては、あまりに薄っぺらすぎて思わず失笑しちゃいましたわ。という訳で僕はさっぱり楽しめませんでした。映像的にはそこそこキレイだったので、+1点。 [インターネット(字幕)] 4点(2020-12-18 21:45:08) |
373. オフィーリア 奪われた王国
《ネタバレ》 言わずと知れたシェイクスピアの古典的名作『ハムレット』を、ヒロインであるオフィーリアの視点で描いた宮廷劇。主役であるオフィーリアを今やハリウッドのトップ女優となったデイジー・リドリーが務め、脇を固めるのはベテランのナオミ・ワッツとクライブ・オーウェンということで今回鑑賞してみました。が、正直さっぱり面白くなかったです、これ。とにかく演出がお粗末すぎ!なんとも分かりにくいうえにさして面白くもないストーリー、揃いも揃って魅力に乏しい登場人物たち、シェイクスピアの元ネタを全く活かしきれていない凡庸な台詞回しの数々……。もう最後までずっとあくびが止まらなかったです。いやー、久々にここまでレベルの低い作品に出会ってしまいました。 [インターネット(字幕)] 2点(2020-12-18 21:39:09) |
374. ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey
《ネタバレ》 映画としてはポンコツだったものの、サブキャラとして登場したハーレイ・クインというビッチな女の子があまりにもキャラ立ちしていて強烈な印象を残してくれた『スーサイド・スクワッド』。そんなクソビッチな彼女をがっつり主人公にして制作された本作。今回も主演を務めるのは、当然と言えば当然のまさに嵌まり役というしかないマーゴット・ロビーということで、そこそこ期待して鑑賞してみました。率直な感想を述べさせてもらうと、ま、こんなもんじゃろって感じの出来でしたね、これ。期待を大きく上回ることもなければ、こちらのハードルを著しく下回ることもないという、まさに模範的なスピンオフ映画。脚本がかなり大雑把なとこも、これまた想定内。とは言え肝心のアクション・シーンはけっこう力が入っていて、ポップでキレもそれなりに良かったしで、最後までそこそこ楽しんで観ることが出来ました。最後、追い詰められたビッチな女たちが一致団結して、けつあご男どもをばったばったと薙ぎ倒してゆくとこはなかなか爽快感抜群でしたね。あと、個人的に残念だったのは、ハーレイ・クインのハミけつが今回ほとんど見られなかったこと。ここ、自分にとってはかなり重要ポイントなんですけどー! [インターネット(字幕)] 6点(2020-12-18 21:24:44)(良:1票) |
375. ジェミニマン
《ネタバレ》 引退を決意したばかりの超一流殺し屋が逆に命を狙われた!世界トップクラスの腕を誇る彼を追い詰めた者とは果たして誰なのか?その正体は、実は最新鋭のクローン技術で作り上げられた若き日の彼そのものだったのだ!長年の経験を最大限に活かしたベテラン殺し屋と粗削りながらも才能豊かな若手殺し屋。お互い超一流の自分との命をかけた闘いの火ぶたがいま、切って落とされる……。という、いかにもB級なぶっ飛び設定のSFエンタメ・アクション。最新鋭のCG技術で再現された若き日の自分と戦う主人公には、これまたいかにもな人選のウィル・スミス。これで監督がポール・W・S・アンダーソンやリュック・ベッソンといった〝いかにも〟な人だったらたぶん観なかったんでしょうけど、本作の監督はなんと何度もアカデミー賞の栄誉に輝く名匠アン・リーということで今回鑑賞してみました。なんですが、正直イマイチな出来でしたね、これ。とにかく最後までテンポが悪すぎ!こういう頭空っぽにして観るべき荒唐無稽系SFアクションは、もっとサクサク進んでくれないと。だって肝心のクローン殺し屋クンの正体が分かるのは、映画の中盤を過ぎたあたりってさすがに遅過ぎですわ~。あとアクション・シーンが全体的にどれも地味だったのも物足りなかったです。やはりアン・リー監督の丁寧で品の良い演出は、こういうB級作品には不向きだったってことでしょうね。けっこう期待していただけに残念でした。 [インターネット(字幕)] 4点(2020-12-13 00:02:25) |
376. ヒルビリー・エレジー
《ネタバレ》 貧しい家庭から苦労して名門法律大学に入学した青年JD・ヴァンスは、その夜、とても緊張しながらディナーへと臨んでいた。何故ならそれが、有名な法律事務所で働くための最終面接にこぎつけられるかどうか、役員たちとの大事な顔合わせの場だったからだ。最愛の恋人からの応援もあり、順調にことを運んでいたJDだったが、急に姉から電話が掛かってくる。「お母さんがいま病院に緊急入院したの!またヘロインに手を出したみたい」――。苦渋の思いでその場を辞したJDは、すぐさま故郷のニュージャージーへと車を走らせる。そんな彼の脳裏に甦ってくるのは、自由奔放で問題ばかりだった母親と過ごした幼き日の辛い過去だった……。実話を基に、問題だらけの母親に虐待に近い扱いを受けてきた青年の苦難の日々を描いたヒューマン・ドラマ。監督を務めるのは、エンタメ映画職人ロン・ハワード。最近何かとよく目にする、いわゆる〝毒親〟映画なのですが、彼の手にかかるとこの重いテーマのお話が最後まで非常に観やすいエンタメ・ドラマとなるのですから見事というしかありません。現代と過去を行きつ戻りつし、しかも三世代にわたる家族の相関関係もけっこう複雑なのに、全てが分かりやすく整理され、最後まで興味深く観ることが出来ました。何より素晴らしいのは、典型的な毒親を演じたエイミー・アダムス!男と薬物にだらしなく、様々な問題を起こしては仕事をクビになり、都合が悪くなると全て人のせい、何かというと子供に手をあげるという、もう見れば見るほど反吐が出そうになるダメ母親を見事に演じ切っておりました。でも、この主人公にとっては、世界でたった一人の自分の母親。何度も警察沙汰になりながらも最後は結局、許してしまうというのがなんとも切ない。当然この長男はぐれて悪い仲間と付き合い始めるわけですが、そんな彼を何としてでも立ち直らせようとする優しい祖母の存在が唯一の救いでした。彼女を演じるベテラン女優グレン・クローズもいい仕事してます。最後はちょっとキレイごとに纏めすぎた感もありますが、自分にとって切っても切れない親というものの存在を改めて考えさせられる愛憎劇の秀作でありました。同じく毒親をテーマにした最近の映画に『ガラスの城の約束』というのがあり、こちらではウディ・ハレルソンとナオミ・ワッツがクズ親夫婦を見事に演じていたのでそちらもお薦めです。 [インターネット(字幕)] 8点(2020-12-09 04:31:04)(良:1票) |
377. Mank マンク
《ネタバレ》 映画史に燦然と輝く名作『市民ケーン』。その脚本を書いたマンクこと、ハーマン・J・マンキーウィッツの半生を実話を基に描いたという本作、監督を務めるのが今やサスペンス映画界の巨匠となったデビッド・フィンチャーで、しかも主演には名優ゲーリー・オールドマンというのだから、これは観ないわけにはいきますまい。配信が開始されたばかりのネットフリックスにてさっそく鑑賞。先に結論を述べさせてもらうと、残念ながら僕は全く嵌まれませんでした。名作と名高いオーソン・ウェルズの『市民ケーン』を自分が未見だというのもあってか、最後までさっぱりピンとこなかったです。僕がフィンチャー監督の『ドラゴン・タトゥーの女』や『ゴーン・ガール』は大好きなのですが、『ソーシャル・ネットワーク』や『ゾディアック』といった実話を基にした系列の作品が個人的に苦手だというのもあるのかも知れませんね。モノクロを基調とした映像は相変わらず美しく、オールドマンの熟練の演技も大変素晴らしかったので、作品としてのクオリティは充分高いことは僕も認めるところなのですが。要は好みの問題。僕は本作の良い観客とはなれなかったようです。 [インターネット(字幕)] 5点(2020-12-08 00:06:44) |
378. アイアン・ジャイアント
《ネタバレ》 東西冷戦期を舞台に、ある日宇宙から降ってきた巨大ロボットとそれを発見した少年との交流を描いたファンタジック・アニメーション。何気に有名な本作を今回鑑賞してみましたが、正直、僕はさっぱり嵌まれませんでした。とにかく良くも悪くも、「ザ・王道」。最初から最後までベタ過ぎて家族で安心して観る分にはちょうど良いんでしょうけど、自分には退屈にしか感じませんでした。最後の「戦争は絶対にしたらいけません」と言わんばかりのあまりに説教臭いメッセージに至っては、もはや辟易。こればっかりは好みの問題なので如何ともしがたい。当時のアニメーション技術を最大限駆使したであろう映像はさすがにキレイだったので、+1点! [インターネット(字幕)] 5点(2020-12-04 03:01:21) |
379. グッド・ライ いちばん優しい嘘
《ネタバレ》 長びく内戦の影響により、難民キャンプで過酷な生活を余儀なくされていたスーダンの少年少女たち。先の見えない生活に希望を見失いかけていたある日、政府の救済処置によってアメリカへと移住することが決定する。それまでアフリカの狭いエリアしか知らなかった彼らが、いきなりボストンの大都会で暮らし始めることに――。今まで電話もスーパーマーケットもマクドナルドすら知らなかった彼らは、突然の豊かな生活に戸惑いを隠せない。それでも親切な支援者の協力により、住むところも仕事も見つけることが出来た彼らは、アメリカでの生活に少しずつ馴染んでゆく。だが、長く続いた内戦の苦しい記憶は簡単には彼らを解放してくれない。そう、彼らには自分たちの命を守るために自らを犠牲にして兵士に囚われた仲間の存在があったからだ。そんな彼らが過去を乗り越えるために吐いた〝優しい嘘〟とは?実話を基に、そんな過酷な境遇で育った少年少女たちの人生を淡々と見つめたヒューマン・ドラマ。冒頭から展開される、兵士たちによって両親や兄弟を殺された彼らの苦難に満ちた半生にはただただ圧倒されるばかり。その地で平穏に生きていただけなのに、たったそれだけで銃を向けられ愛する者を殺されてしまった子供たち。人間の愚かさに、改めて戦慄させられてしまいます。それでも前を向き、ただ「生きていたい」という切実な想いだけを頼りに希望を捨てなかった彼らの姿には心揺さぶられるものがあります。ただ、肝心のアメリカに辿り着いてからの後半部分には僕は残念ながらそこまで嵌まれませんでした。実話を基にしたから仕方ないのかも知れませんが、なんとも地味。事実を改竄しろとまでは言いませんが、それでももう少しドラマティックに脚色しても良かったのでは。それに主要登場人物たち誰もが紋切り方で魅力に乏しいのも残念。もう少しそれぞれのキャラクターに個性を与えて欲しかった。社会の片隅で声にならない悲鳴をあげている社会的弱者たちに寄り添って映画を創ろうという監督のその思いには好感が持てるだけに、なんとも惜しい。 [DVD(字幕)] 6点(2020-12-01 02:30:52) |
380. アバウト・シュミット
《ネタバレ》 彼の名は、ウォーレン・シュミット。長年勤めてきた大手保険会社で無事に定年を迎え、この度円満退職したばかりの平凡な男だ。長年連れ添った妻との仲も、いろいろと不満はあるがそれなりに良好。今は離れて暮らす一人娘のジーニーも結婚が決まり、現在式の準備に余念がない。たくさんの友人に囲まれ、平凡ながらも充実した人生を送ってきたと自分でも信じていた。だが、これから妻とともに穏やかな第二の人生を謳歌しようとしていた矢先、彼は急な悲劇に見舞われる。妻が病に倒れ、呆気なくこの世を去ってしまったのだ――。これまで家のことは何でも妻に任せきり、一人娘ともろくに腹を割って話したこともない、とにかく仕事第一だった彼の生活はその日を境に一変することになる。瞬く間に家の中は荒れ放題、身なりも乱れ、酒や食事にもだらしなくなり、娘との関係も次第にギクシャク。唯一の慰めは、アフリカの慈善団体を通して文通している会ったこともない6歳の少年との交流だけ。にっちもさっちもいかなくなった彼は、とにかく娘の結婚式に参列するため、大きなキャンピングカーで一人旅に出ることを決意する。果たして彼は無事に生活を立て直すことが出来るのか?定年退職を迎えたある一人の男の人生の危機を、ほろ苦いユーモアを交えて描いたヒューマン・ドラマ。監督は、この手のしがない中年男のトホホな日常を描くことにかけては定評のあるアレクサンダー・ペイン。彼の代表作として有名な本作を今更ながら今回鑑賞してみました。いやー、相変わらず抜群の安定感でなかなか面白かったですね、これ。よく考えたらけっこう深刻なお話なのに、そこまで重たくならずに描くこの監督のバランス感覚は大したもの。でっかいキャンピングカーで全米各地を巡る彼の珍道中はなんともトホホ感満載で、見ていて思わず苦笑い。特にヒッピー崩れの夫婦の妻に酔っ払って思わずキスしちゃうシーン、女にブチ切れされて慌てて逃げ出すとこは笑っちゃいましたわ。そして、娘の結婚相手の未だ性欲旺盛な母親に裸で迫られるシーンには爆笑。誰得ヌードを大胆に披露してくれた?キャシー・ベイツには拍手喝采ですね。唯一不満だったのは、主人公を演じたジャック・ニコルソンが強面過ぎて若干役に合ってなかったとこくらい。そして最後、主人公が会ったこともないアフリカの子供の絵を見て泣いてしまうシーンは、自身の置かれた境遇を改めて認識した末の絶望の涙だと思うとなかなか深い。人生のやるせなさを暖かな目で見つめたペーソス溢れる佳品でありました。 [DVD(字幕)] 7点(2020-11-29 05:16:28) |