21. ポーの一族
萩尾望都の世界観に浸るには最適の作品ではないかと思う。『トーマ…』も良いけどこちらのほうがより広いテーマと豊富なエピソードを備えていて、一般に受け入れられやすいはず。初期のアンデルセンの挿絵のような画風や最近のリアル志向の画風もそれぞれ異なる長所があるけれども、やはりこの時期にの絵には得難い美しさがある。萩尾さんの長編ではいちばん好きだ。 9点(2007-11-02 02:36:40) |
22. ジョジョの奇妙な冒険
小学生の頃からコミックを集めていた(どんな小学生だ)、長年のファンです。 ゴシックホラー風味の一部・二部も悪くないけど、やっぱり「スタンド」概念の登場する第三部以降が素晴らしい。今では特殊能力を扱ったコミックは珍しくないけれど、これが原点にして頂点だろう。 突然手首が吹っ飛ぶ、などのこのマンガにしかない強烈な演出があり、ホラーやサスペンスを猛勉強した著者ならではの作風が形成されている。世界中を飛び回る第三部、苛烈極まる第五部がお気に入り。究極の悪ディオ・ブランドー、殺人鬼吉良吉影など、悪役が愛情をもって造型されているのも成功の要因だろう。 画風に嫌悪感を持つ方が多いようだけど、大ファンである自分ですら「嫌いでは、ないかな」という感じなので、弁護はできない。着方のわからない服、真似したくない髪形、次元のひずみにいるとしか思えない立ち姿など、非常にあくが強いのは確かだ。ギャグマンガでパロディにされることなんかしょっちゅうだし(『ついでにとんちんかん』の頃からすでにやられていた)。でも常に人と違う表現をしようと努力する著者の姿勢は、評価されていいと思う。 9点(2007-11-01 23:38:32) |
23. えの素
読んだ先から脳内で新しいシナプスがぷちぷち繋がっていく、前代未聞の快作。普段何を考えてたらこんなものができるんだろうか? 底なしの下品さと、漫画的ならではの手法の結晶ともいうべき不条理さが相俟って、とんでもない高みにまで達してる。こんなこといったら笑われるかもだけど、もはやアートの一歩手前だ。とくにクライマックス長編の弾けっぷりは常軌を逸している。空想力が、あまりにもアクロバティック。数え切れないほど笑かしてもらった。葛原さんや田村さんなど、名キャラクターにも事欠かない。ある意味ギャグマンガの頂点でしょう。っていうか、同じ物差しの上で測れるものが他にない。 9点(2007-11-01 22:37:14) |
24. 神戸在住
スクリーントーンを使わずに多様な斜線を利用するなど、かなり個性的な手法にのっとった絵柄で、淡くやわらかく、温かみのある雰囲気を持っている。かと思うと阪神大震災を題材とした回では、淡々としているだけに確実に心に食い込んでくるので油断ならない(読後しばらく地震恐怖症になってしまった)。大仰さのない徹底的にリアルな、エッセイ風のフィクション。スローペースな語り口の本が大好きなんだけど、これはその系統の最上の部類に入る。心の機微や人間関係をじっくりと追っていく過程がとても味わい深く、疲れ切ったときなんかに読み返したいと思う。余談だけど、主人公の桂さんは本の趣味がとてもよいですね。 9点(2007-11-01 22:15:41)(良:1票) |
25. ハッピーマニア
Amazonの紹介文に「一家に一本!読むユンケル!」なんて書いてあって笑っちゃうけどわからんでもないなと思う。 重田加代子、というもっそい普通の名前の主人公なのだけれど、行動力がすごいというかイっちゃってるというかもはやポジティヴとかそういう次元なの? という強烈な性格の持ち主。自分の寝た男がろくでなしだとわかったときの、「ギャー最悪! 走ってくる! ちょっとあたし走ってくる!」という台詞に笑った。凹んで部屋にこもるとかじゃなくて、走るのかよ。 すべてにおいてこんな調子なので、読んでいるこっちまで元気になってくる。なにしろダメ男を渡り歩く話なのに、タイトルが『ハッピーマニア』だもんな。同じような題材でも『だめんず・うぉ~か~』とは明るさが違う(後者も面白いけど)。ダメ男にひっかかるのを「不幸」じゃなくて「幸せを探すこと」としてとらえるなんて、常人の感覚じゃないって。 テーマが前向きなだけの作品ならいくらでもある。だけどこのマンガはひとつひとつのコマ、台詞に、太陽のように明るいエネルギーがごく自然に満ちていて、それがページを開けばあふれ出してくる。読んだだけでこんなに元気になれる作品なんて、そうそうできるもんじゃない。安野モヨコという人はほんとうに素敵な才能に恵まれていると思う。 9点(2007-10-30 17:10:18) |
26. おおきく振りかぶって
以前友達とこの本の話題になったときに感想が一致したのが、「おれたちは野球も興味ないし、野球漫画なんか嫌いだったのに、どうしてこんなに面白いんだろう?」という疑問だった。 考えるに、まず第一にキャラクターがある。神経質過ぎるほど神経質で、女の子のように弱々しいピッチャーが主役、というのがまずびっくりだった。こんなにケンカ弱そうなスポーツマンはなかなかいない。キャッチャーの阿部君も、エースの田島君も、みんな親しみがもてるというか、過剰な体育会系の臭いがしない、友達になれそうなやつばっかり。超人もいなければ不良もいない、等身大の人間味あふれる連中が揃っている。ひぐちさんは昔シリアスなドラマ作品を描いていただけあって、人間を描くのが非常に上手い。 さらに、試合運びの上手さもある。根性論抜きに、シビアな戦略を元に展開する熾烈な駆け引き。不思議なことに、これが野球を知らなくても普通に楽しめる。これを読んで初めて野球には頭のよさが必要だというのがよくわかった。 とまあ、いろいろ書いたけど、このマンガの面白さをうまく説明するのは難しいのです。ひとつ確かなのは、野球に馴染みがないからといってこの作品を敬遠するのは大損だということ。野球嫌いにこそ手にとってほしい。初心者には野球用語がさっぱりわかんないけど、コミックスには親切な注までついているので安心です。おすすめ。 9点(2007-10-30 02:42:04)(良:1票) |
27. BANANA FISH
《ネタバレ》 ラストの感動に関しては、ナンバー1。途中のアクションのくだりはけっこう忘れちゃったけど、結末部分は台詞まではっきりと覚えている。ニューヨークの描き方にちょっと引いてしまうところもあったけど、細かな欠点が気にならないほどのものが込められていた。いつかのダヴィンチで「芥川賞をあげたいマンガ」第一位でしたが、納得の名作です。 9点(2007-10-30 02:06:15) |
28. ヘルタースケルター
《ネタバレ》 岡崎作品は暗いものが多いけれど、とりわけ読み進めるのが辛いのがこれ。ほんとうは何もかもが崩壊寸前だとわかっているのに、平気な顔を取り繕いながら綱渡りの生を歩む。やがては破綻するであろうことが明らかなだけに、全編に渡って剥き出しの神経を掻き毟られるような心地がした。 他作品でも同様だが、突如差し込まれる見開きがすごく効果的だ。しかも大抵は直線ばかりで構成されたうら寂しい都市の風景。あるいはオーブンに頭を突っ込んだ死体という、読んでいる者をぶん殴るような絵。面白いから本を閉じるまではいかないんだけど、この読んでいてぎりぎりまで追い詰められるような焦燥感は、すごい。 ところがこの悲劇的な物語は、ラストで思わぬ着地をみせ、突き抜けたような不思議な明るさを漂わせる。続編なんてなしに完結させてほしかったという気もするけど、これも悪くないのかな。絶望的な虚無を描きながらもどこかしら切ない美しさがある、痛ましい傑作。 9点(2007-10-28 17:33:00) |
29. ラフ
《ネタバレ》 ラストシーンは比類のない素晴らしさ。無駄がなく、鮮烈だ。 あだち充の作品を読むのはこれが初めてだけど、台詞のないコマの運びや無駄な感傷のない演出に独特のセンスがあり、心底感動させられた。よく考えるとベタだったり、主人公が(スポーツ理論なんかすっ飛ばして)天才過ぎたりするのだが、そうと感じさせない巧みさがある。大和父や緒方、スキー場の女の子といった脇役の配置の上手さもずば抜けている。 これを読むと十代の頃にスポーツに打ち込んでおけばよかったなんて思わされてしまう。もっとも、打ち込んだとしても絶対こんないい青春にはならないんだろうけど。 8点(2008-06-12 14:20:36) |
30. うさぎドロップ
ひとり暮らしの男が突然小さな女の子を引き取ることになる――って自分と置き換えて考えてみると滝のように汗が出てくる状況ではあるけれど、この作品では必要以上に深刻な雰囲気にはならない。育児というととにかく大変なイメージが強調されがちではある。覚悟すべき責任や労力に触れつつも、楽しいこと面白いこと、感動することもたくさんあるんだよ、とやんわり諭してくれるこうした作品は貴重だと思う。育児というのは特別なことではあるけれど、でもまぎれもなく日常の生活の一部であって、他のことと同じように楽しまなきゃもったいないのだと、教えてもらっているようだ。女の子も(最近の萌え系とはまったく別の意味で)とても可愛くて、読んでいて気持ちがなごむ。 8点(2008-05-31 20:31:06) |
31. ガラスの仮面
古風な絵柄や表現に抵抗を覚えないといえば嘘になるけれど、それを差し引いてもめっぽう面白い。白目を見るとうすた京介を思い出してしまうし、砂浜で笑いながら追いかけっこをする場面には戦慄を禁じえないけれども、やっぱり普通に面白い。これが名作の力なのでしょう。劇の内容も作中作として楽しめる、二重の面白さもこの作品独自の強み。漫喫で一気読みするには最適の傑作ではないかと。 余談ですが、「演る」と書いて「やる」と読むのがなんか面白かった。 8点(2008-05-23 12:29:22) |
32. 鈴木先生
なんなんでしょう、これは。巻末の小難しい解説を読むと、読んだ人みんな戸惑ってるんだろうな~と思う。 どこまでがギャグなのか、マジなのか。つっこみの視点がないので、その線引きは読者任せ。すべてがギャグに思えるときもある一方で、日常生活の瑣末な問題に真剣に悩んでしまう気持ちもわからなくはなくて、妙に真剣に読めてしまうときもある。鈴木先生の細やかな視線、過剰なまでに深い思慮には大笑いできる部分もあり、なるほどとうなずく部分もあればそれはどうかと首をかしげる部分もあり。 エネルギーのこもった面白い作品であることは間違いないのだが、これまでにまったく読んだことのないマンガで、未だに正体がつかめない。どんなふうに楽しめばいいのか――真剣に読んでしまった時点で作者の思う壺というか、おちょくられてしまった気もする。なんとも不思議なマンガだ。 8点(2008-05-19 20:12:49) |
33. チェーザレ 破壊の創造者
《ネタバレ》 美しく完成された画と、膨大な資料に基づく重厚な世界観がほんとうに素晴らしい。天才性と残酷さを併せ持つチェーザレの人物像と、複雑に入り乱れる陰謀にはわくわくさせられる。唯一気になるのは台詞がときどき説明的に過ぎる点で、緻密な取材の効果が悪い意味で出ている。この生堅さがもう少し薄れてくれればと思う。もっともそれは瑣末な欠点で、充分に秀作といえるだけのクオリティが保たれている。ミゲルやルクレチア、ダ・ヴィンチといった脇役の面々も巧みに描かれていて、みんな魅力的だ。画も設定も、細部まで気が遣われているのがわかる。 幸か不幸か世界史には疎いので、史実を調べたくなる衝動をあえて我慢したまま新刊を楽しみにしている。 8点(2008-05-17 12:50:41) |
34. 吼えろペン
マンガ家そのものを題材にした異常に濃いいギャグマンガ。吼えまくるマンガ家といい、熱さといい、身も蓋もない発言といい、なんだか『ゴーマニズム宣言』を思い出させる。リアルなエピソードも興味深いが、なんといっても素晴らしいのはギャグが普通に面白いことだ。十巻以降ややトーンダウンしたように感じられるが、新シリーズはさらに面白くなっている。古谷実やあずまきよひこのような冷静なタッチの日常系ギャグが人気の今、こうした迸るような熱さに満ちたギャグは、貴重だ。 8点(2008-05-05 02:46:29) |
35. 3月のライオン
登場人物たちの仲良しこよしぶりは前作と同じだけど、今回はより悲惨で過酷な要素が前面に出てる感じ。棋士や数学者という仕事は論理的思考を極めようとする孤独な戦いでもあるから、ある意味アーティストに似たところがある。はぐちゃんの背負っていた苦痛をより鮮明な形で体現しているのが本作の零だと思う。一人で歩くことをどうしようもなくさだめられてしまった人間、というか。 まだまだ序盤の序盤、これからの展開を楽しみにしています。 8点(2008-04-24 21:20:27) |
36. 僕の小規模な生活
《ネタバレ》 なぜ語彙の少ない妻から出てくる罵倒が「バカ」でも「アホ」でもなく「クソブタ」なのかが非常に気になるところ。これを読んで以来、気に入らないやつがいると「あのクソブタが」と影で毒づく癖がついた。 しかしキャラクター的には、妻も面白いけど作者もかなりのつわものだと思われる。バイトが長続きせず普通にばっくれるわ、意味もなくバンド活動を始めるわ、人としてやばい雰囲気がぷんぷん匂う。たぶん作者にほとんどの責任があるのであろう、編集部との生々しい軋轢の記録は相当面白い。土壇場で責任放棄しようとするところとか、ひどすぎる。半分フィクションであってほしいと願うぐらい、ひどい。 作者の鬱陶しさが、妻の可愛さと怖さと足の太さによって、ちょうどいい具合に中和されている。個人的には吾妻ひでおのアル中ノンフィクションよりもこっちのだめノンフィクションの方が好きだ。 8点(2008-04-23 01:38:54) |
37. ソラニン
しっかりした絵と圧倒的な表現力が鮮烈だった。二人の主人公が共感できそうでできなくてイライラしたけれど、このリアリティと胸が苦しいほどの切迫感は青春ものとして稀に見る出来だと思う。 8点(2008-04-20 13:00:09) |
38. 百鬼夜行抄
《ネタバレ》 ほぼ一話完結で、毎回毎回入り組んだプロットを組み上げているのがすごい。マンガなのに叙述トリックまで取り入れているという巧みさ。幻想ホラー風味ではあるけれど、個人的には恐怖のツボが合わない感じなので純粋にミステリとして楽しんでます。凛とした風情の画もなかなか。作者の浮世離れを反映してか、現代を舞台にしているのになぜか全然そんな気がしないという独特の空気感が面白い。 8点(2008-04-14 13:44:53) |
39. おひっこし
普通に面白かった。大学生活のぬるま湯的な空気が上手く表現されている。遠藤浩輝の青春ものの短篇なんかとは違って、肩の力がいい具合に抜けているのが◎ 8点(2008-04-13 09:42:12) |
40. 大原さんちのムスコさん―子どもが天使なんて誰が言った!?
《ネタバレ》 旦那さんを超える素質の持ち主、息子さんのキャラの強さが半端じゃなくて、他人事じゃなければ笑えない。大笑いしたけど。 一番笑ったのは旦那さんのオムツを替えたあとの行動。アルコール中毒に継ぐアルコール中毒。下手な飲食店より厳密(笑)。 ラストは予想外にぐっときた。さんざん育児に奮闘するようすを読まされてきたせいか、子どもが胎内にいたときの記憶を語るだけなのに、不思議なほど胸に迫る。なんというか、それは今まで経験したことのない種類の感動で、まるで著者の母親としての幸せが伝わってくるかのようだった。 楽しく読める一方で大切なことがさりげなく描かれている。そうしたところは前作と変わず、上手いと思う。 8点(2008-01-08 14:50:13) |